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お兄さん。オレのあいさつ……無視したよね?
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訳なかった! あのときせっかくあいさつしてくれたのに、無視してしまって! ずっと気にはしてたんだ! 悪かったな、って!」

 ああ、やっぱりね。
 そんな言葉が、男の子の口から出た。

「恨んでいるなら、いまそのまま水路に落としていたはずです。そう思いませんか?」
「……。た、たしかに」

 進の肩から、少し力が抜けた。
 足のバタバタも止まる。

 すると、男の子は進を地面へ降ろした。
 巻かれていた髪もほどかれ、縮みながら男の子の頭へと引き上げていく。やがて進の記憶に近い長さにおさまった。

「あれから、十年以上は経ってますよね」
「じゅ、十二年、だね」
「お、そうでしたか。十二年間も恨み続けて復讐するためにここで待ち続けるって、お兄さんの中でオレはどれだけ執念深くて暇な設定になってたんです?」

 無視されたこと自体なんて、とっくの昔にどうでもよくなってますって。
 男の子はそう言って、笑った。

「じゃあどうして、今まで幽霊として、ここに」
「ずっと、気になっていたもので」
「えっ?」

 進が垂れかかっていた頭を上げる。
 目が合うと、男の子は一つうなずいた。

「あのあと、親に聞いたら『いきなり知らない人にあいさつされたら、普通はびっくりするよ』って。ああ、そういうものなのか、と思ったんです。でも、あのときはそれを知らなくて。無視されて悲しかったので、思いっきり顔に出てしまっていたはずです。
 お兄さんが平気で、すぐ忘れてくれていたらいいなと思いましたが……ずっと気に病んでいるんじゃないか? とも思ったんです。だから、もう一度会いたくて。会って、オレのほうは大丈夫ですからって伝えたくて」

 その様子だとやっぱり悪い予想のほうが当たっていたみたいですね、と男の子が苦笑いして頭を()く。

「あ、そうそう。お兄さんオレが死んだのは知っていたみたいですけれども、死因までは聞いていないかもしれないですから、念のため言っておきます。熱中症でふらついてそこの水路に落ちて溺れたってだけの話ですよ。ちょっと体が弱かったもので」

 できれば柵をつけたほうがいいと思うんですけど、と彼は進の後方を指さした。
 振り返ると、問題の水路がくっきり見えている。
 進は気づいていなかったが、いつのまにか雨がやんでおり、明るくなっていた。ほんの数分の通り雨だったようだ。

 そして進が再度男の子を見ると、彼は深々と頭を下げてきた。

「長いあいだ不安にさせてしまって、すみませんでした」
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