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冥王来訪
第二部 1978年
影の政府
奪還作戦 その5
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かみ)にでも()れたのか」
「なんのことだ」
「知らぬとは言わせぬ。美女と評判のアーベル・ブレーメの娘よ。
彼奴(きゃつ)が父、その娘の祖父にあたる男は、我らが同志エジョフが直々に引き抜いた男であったが……」


 エジョフとは、KGB機関の前身組織である内務人民委員部(エヌカーヴェーデー)の初代長官である。
1930年代にソ連全土を粛清のあらしが吹き荒れた際、先頭に立ってその被疑者を銃殺刑に処した人物である。
「エジョフシナーチ」と称されるその時代、前任者のゲンリフ・ヤゴダを断頭台に送り、スターリンに取り入った小男でもある。
 ある時、スターリンの急な呼び出しに、エジョフは出かけなかった。
自宅でへべれけになるまで泥酔し、御大の怒りを買うこととなった。
 間もなく逮捕され、厳しい拷問にかけられると、米英のスパイと男色家(ホモセクシュアル)の罪を自白した。
後に見せしめの裁判での弁明の機会すら与えられず、即座に刑場の露と消えた。





「裏切り者の、アーベル・ブレーメの奴め。
我らの軍門に下るふりはしていても、所詮(しょせん)独逸野郎(ニメーツキ)
犬畜生(サバーカ)以下の存在に、我らKGBもまんまと一杯食わされたものよ」
マサキの表情が先ほどとは打って変わって、険を帯びたようになる。
「口を開けば、奇異(きい)なことを言う……」
マサキの真剣な表情を見て、おもわずKGB大佐はこらえきれずに吹き出してしまう。
「フォフォフォ。日本猿(マカーキ)にはわかるまい」


 マサキは、自分が気にかけているユルゲンやベアトリクス。
彼等が、犬畜生と馬鹿にされたことには、腹が立たなかったわけではない。
ただ、KGBの自由な発言をテープレコーダーや小型ビデオカメラに録音して、独ソ関係を悪化させる材料にできることのほうが都合が良いと思い、彼らの自由にさせていたのだ。

 何も事情を知らないKGB大佐はひとしきり笑った後、マサキにこう問い詰めた。
「フフフ、我々にも協力者を裁く権利がある。違うかね……」
 黄色い乱杭歯をむき出しにし、マサキに近寄ってくる。
すだれ禿の頭をマサキのほうに向けて、勝ち誇ったように彼をねめつける。
 マサキは、深いため息をつくと、左胸のポケットに右手を伸ばす。
胸ポケットより、ライターとホープの箱を取り出すと、タバコに火をつける。
「俺は間違っていたのかもしれない」
マサキがタバコを吸い始めたので、観念したかと思ったKGB大佐が満面の笑みで問いただす。
「木原よ。己の愚かさを認めるというのか」
濁った眼で、紫煙を燻らせるマサキの顔をながめやった。

 マサキは、途端に、落胆の色を顔中にあらわす。
「俺は……貴様たちを買いかぶりすぎていた」
KGB大佐
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