第四章
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それでだ、頷いて彼に告げた。
「君がそこまで言うならだ」
「ええか」
「足立、投げろ」
足立にこうも告げた。
「そうするんだ」
「有り難う、ほなな」
「ミスターニシモト、俺はもう何も言わない」
西本にも顔を向けて言った。
「足立に任せる、それでいい」
「よし、ほなこのままいくで」
西本も頷いた、こうしてだった。
足立は続投となった、だが。
スペンサーの読み通りだった、疲労の見える足立は忌まわしいことこの上ないが強力な巨人打線を抑えられなかった。
決意と気迫だけでは無理だった、あえなく打たれ。
決勝点、シリーズを決定するそれを与えてしまった。そうしてだった。
降板した、西本は審判にそのことを告げ。
足立にだ、静かな声で言った。
「ご苦労さん」
「すいません・・・・・・」
「何も言わんでええ」
こう言うのだった、選手を怒る時は炎の様になる西本だったが今はそれだけだった。そしてスペンサーは。
「・・・・・・・・・」
「わしは・・・・・・」
スペンサーは無言で右手を差し出した、そのうえで。
自分から足立の右手に握手した、そうしてベンチに下がる彼を見送った。
阪急は試合に敗れシリーズは巨人のものとなった、阪急ナインは川上哲治という何かと評判の悪い男の胴上げを見ることになった。
後日スペンサーはあの時の足立に握手を求めそうしたことについて聞かれると沈痛な顔で答えるのが常だった。
「あの時俺は彼にこう言いたかった」
「足立さんにですか」
「そうだ、足立君はよく投げたとな」
彼の決意と気迫は認めるのだった。
「だがだ」
「それでもですか」
「野球は一人では勝てないとな」
こう言うのだった。
「言いたかったのだ」
「そうだったのですか」
「どれだけ素晴らしい選手でも一人では力は限られているんだ」
「野球は九人で行うスポーツですしね」
「そしてチーム全体でな、彼は立派だった」
何があっても勝つ、邪悪の権化巨人を倒そうとする気持ちはというのだ。
「しかしだ」
「それでもですね」
「一人では勝てない、彼にそれを言いたかったんだ」
スペンサーは沈痛な顔で言った、その時のことを思い出して。
結局巨人は九連覇という日本のスポーツ史を穢す忌まわしい記録を打ち立ててしまった、その中にはこうした一幕もあった。
足立はこの時確かに健闘し敢闘賞を受賞した、しかし。
敗れてしまった、このことは今も語られている。昭和四十二年秋のことである。
握手 完
2022・11・15
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