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冥王来訪
第二部 1978年
影の政府
熱砂の王 その5
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「おのれ!東の小島の牝猿(めすざる)のくせして、その反抗的な目は、なんだ」
眉をひそめ、朱色の口紅が塗られた唇の両端がつり上がる。
 ロシアの迷信の中には、「睨んで呪いをかける」というものがある。
そのため、ロシア人は、自分の子供が写真を撮られれたり、ずっと見られるのを嫌う習慣がある。
子供があまりにもかわいいからといって、ずっと褒めていると変な呪いをかけていると思い、嫌がるのである。

 このカフカス人の女大尉も、美久の態度を、日本の怪しい邪教の術と解釈したのだ。
もともと、ロシア人は素朴で信心深い人々だった。
だが、ソ連60年の歪んだ思想教育や無宗教政策のため、必要以上にまじないや呪いの類を恐れるようになってしまったのだ。
「この私に、悪魔の呪いをかけようとは……
いまわしき侍、日本野郎(ヤポーシキ)の木原の情婦のくせに、生意気な。
電撃のボルテージを上げて、この娘に食らわせてやれ」
 先ほどの白衣を着た女職員が駆け寄って、哀願する。
「これ以上は心停止の恐れがあります。危険かと……」
激高していた大尉は、女職員に平手打ちを喰らわせる。
「ええい、だまれ、だまれ、このたわけが」
不意を突かれて抵抗できなかった彼女を、いきおいよく罵る。
「ならば私の手ずから、この木原の情婦を手なずけようぞ」
 大尉に打たれた頬を手で押さえながら、今にも泣きださんばかりの顔をする女職員は、こう答えた。
「こんな小娘、一人痛めつけて何があるでは、ありますまいのに……
なぜそれほどまでに……」
瞋恚(しんい)を明らかにした女大尉は、女職員の襟首をつかむと、こう吐き捨てた。
「木原を討とうとして、戦地に倒れた我が良人(おっと)(かたき)……
お前に、この未亡人(やもめ)の心が、一人の寂しい人妻(おんな)の心が、わかるのか」

 この未亡人は、笑みを浮かべながら、拳銃嚢からナガン回転拳銃を取り出して、
日本野郎(ヤポーシキ)よ。わが良人の仇、受けてもらうぞ」
きつく縛められた美久に、回転拳銃(リボルバー)を向ける。
美久は、親指で押し上げられる撃鉄の音を聞きながら、ただ困惑しているしかなかった。





 ソ連KGBは今回の誘拐作戦で相手を混乱させるべく、複数の国家間をまたぐ撹乱(かくらん)作戦に出た。
だがそのことは、彼らの足並みを乱す原因にもなった。
 中東で打倒イスラエル、打倒西側を掲げるパレスチナゲリラのもとに日本を追われて逃げ込んでいた共産主義を掲げるテロ集団がいた。
 そのグループは、美久誘拐事件を聞きつけて、パレスチナゲリラを訓練していたKGB将校に話を持ち込む。

「同志大佐、氷室を理由にして、日本政府から金と人員を強請(ゆす)るというのはどうでしょうか。
網走刑務所に収監
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