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冥王来訪
第二部 1978年
影の政府
三界に家無し その2
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この帝国の先行きの為に犠牲に成って欲しい」
と、平謝りに謝って、深々と土下座して見せた。
「ま、まさかっ……」
妾の表情が凍り付いた。
「木原マサキという科学者の情婦(いろ)になって欲しい。博士はなにしろ優秀なお方だ。
きっとお前との相性はぴったりだ」
「どういうつもりですか。この子はまだ15になったばかりですよ……」
 
 マサキ達が居た世界の日本とは違って、この世界の日本の迎えた大東亜戦争の結末は異なった。
原爆投下も都市部への無差別爆撃も無く、そして国土占領の末の無条件降伏でもなかった。
形ばかりの措置として、将軍の権力を削り、米国を納得させたのだ。
 米軍は、ナチスドイツとソ連の影響力を恐れ、日本帝国に寛大な処置での講和を受け入れた。
憲法典はおろか、軍隊や官僚機構は温存され、法制度も戦前のままであった。

 旧民法典の婚姻年齢は、男子17歳、女子15歳である。
この専務の庶子は、丁度15になったばかりの麗しい少女であった。

 娘と言えば、その狼狽(ろうばい)ぶりは哀れなほどであった。
「ああっっ、あんまりよ。それに女学校にも通わせてくれると言ったはずだわ」
肩を小刻みに振るわせて、端正な美貌を、父への怒りとマサキという見知らぬ男への恐怖に引きつらせる。
 男は、再び、深々と土下座をすると、顔を上げぬまま、滂沱の涙にくれた。
「恨むならこの私を、無力な父を恨んでくれ。
そして木原の元に嫁がざるを得ないことを帝国の為と思って、(ゆる)してくれ」
妾と娘は、二人して自らの運命を呪い、紅涙(こうるい)を絞った。



 さて、場所は変わって、ニューヨーク州ファーミングデール。
 一台の1959年型キャデラックが、フェイアチルド社の本社に乗り付けた。
中から降りてきた若い日本人の男女一組。
 男の姿と言えば。
灰色の山高帽(ダービーハット)に、ラッコの毛皮襟がついた、向う脛まで有るフラノのアルスターコートを羽織り、サキソニー織の濃紺のダブルの背広上下に、山羊革の黒い手袋とモンクストラップの靴といういでたち。
 女の方は、長い黒髪をアップに結って、黒縁のベークライトの眼鏡に、分厚いフラノの濃紺のリーファーコートを、胸元の大きく開いた黒の婦人用スーツの上に重ねて、黒のタイトスカートを履き、黒い絹のストッキングに紺のローファーパンプスという格好だった。
 後から、別な車で来た使用人たちは、手に手に大きなアタッシェケースを持ち、彼等の後を追う。

 
 丁度、フェイアチルド社に来ていたマサキは、制服の上から冬外套を着こんだ市警巡査とタバコを燻らせ、談笑していた。
 件の男女は、警備をする警官隊に握手をすると、建屋に入ろうとした。
 脇を通り抜けようとする一組の男女に、不敵の笑みを浮かべ、
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