第二部 1978年
狙われた天才科学者
先憂後楽 その4
[2/4]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
出しに行った西ベルリンでは、それこそ酷い騒ぎでしたの。
連日連夜、オーストリーに亡命する人々の話が、西ベルリン経由で漏れ伝わってきましたわ」
「ザビーネさん、私はハンガリーに、主人とユルゲンといたから、詳しい経緯は知ってます」
と、メルツィーデスは、軽くあしらって、
「あの人は、軍事介入が決まった後、蛮勇を振るって、ソ連大使館に単身乗り込んでいったの。
そこで、駐ハンガリーソ連大使に、意見したの」
「何て?」
「正確な所は知らないけど、何でもこういったそうよ。
『ソ連がハンガリーでやったようなことは帝国主義国がやってきた事と同じである』と」
「あの恐ろしいKGBが、よく許しましたこと!」
「どういう経緯で帰って来たかは知らないけど、でも、それ以来、目を付けられたのは確かよ。
ソ連からも、KGBからも」
メルツィーデスは、押し黙るユルゲンの頬を撫でながら、
「シュタージの前の長官のミルケ、知ってるでしょ」
「……」
「彼は、ベルリンで2人の警官殺しの後、ソ連に逃げてKGBに拾われた男よ。
そんな人間だから、ソ連の操り人形で、モスクワの許可が無ければ何にもできない人だった」
母が、何かを語ろうとしているのは、分かる。
しかし、ユルゲンには、彼女の気持ちが判らなかった。
何時しか、怒りより戸惑いの感情が強くなっていき、
「何が言いたいんだ」と、初めて強い姿勢で、ものをいった。
「もう少しで終わるから待っていて」
「……」
「その後、ハンガリー大使だったアンドロポフが、67年にKGB長官の地位に就いたの。
私から言えることは、これだけよ」
母の面は、色蒼く醒めて、いつの間にか咽び声になっていた。
ユルゲンは、その一言で、目の前が真っ暗になるようであった。
1967年と言えば、父と母の離婚した年である。
あの憎い間夫、シュタージ職員のダウムが、眉目秀麗な顔をほころばせ、母に言い寄った年でもある。
母の話を勘案すれば、父はハンガリー大使だったアンドロポフの恨みを買っていた。
そして、KGB長官の就任祝いとして、シュタージが忠誠心を示す貢物として差し出すべく、父母を貶めたと、伝えたかったのだと。
今、精神病院の暗い病室の中で、恍惚としている父が、よもや、その様な大陰謀に巻き込まれていたとは……
たまらない憐愍がわいて、彼はメルツィーデスの脇に座る。
「そんな事情があったとは……赦して下さい」と、彼は、四十路を超えた母を抱きしめた。
幼き日、母の胸の中で泣き喚いたように、体中で慟哭した。
夜が更ける中、アイリスディーナは一人、フリードリヒスハイン人民公園まで来ていた
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ