第十三話 ベアトリーチェ=チェンチその九
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「この国でもあったけれど」
「あっ、昔そんな事件があったね」
「尊属殺人だったかな」
一つのおぞましい事件がだ。ここで語られた。
「そうだったね」
「日本で昔あった事件だったね」
「うん、おぞましい事件だったよ」
まさにそうだったとだ。十字も言う。
「あの事件にしてもね」
「死刑執行人がもっと早く動いていれば?」
「あの人も親を殺さなくて済んだよ」
その前にその死刑執行人が神の裁きの代行を下していたからだというのだ。
「そうしなくて済んだよ」
「ううん、残念な話だね」
「けれど今は違うよ」
「違うんだね」
「ちゃんと。動くから」
だからだというのだ。
「絶対にね」
「ええと。誰が動くのかな」
ふとだ。和典は十字の言葉に疑問を抱いた。
そしてそのうえでだ。こう尋ねたのである。
「神様じゃないよね」
「うん。裁きを決められるけれど」
神がするのはそれだけだというのだ。だが、だった。
裁きの代行者だった。それは誰なのか、和典はそのことを考えたのだ。
だからそのことについてだ。彼は十字に尋ねたのである。
「それじゃあ誰が裁きの代行をするのかな」
「それはね」
十字はその問いに対してだ。絵を描きながら答えた。
「神が定められているんだ」
「神様が?」
「そう、神がね」
そうしているというのだ。
「そうされているんだ」
「じゃあその神様が決めた人が?」
「裁きの代行をしているんだ」
「それって天使なのかな」
和典はそれが人間とは少し思えなくなりだ。そのうえでだ。
また首を捻った。それから言ったのである。
「その裁きを代行する人って」
「天使じゃないかっていうんだね」
「どうなのかな。違うかな」
そのことについてだ。和典は十字に尋ねた。しかしだ。
十字はそのことについては答えなかった。そのかわりこう言ったのである。
「さて、と」
「どうしたの?」
「うん、今日はこれ位にしてね」
絵を描くのを止めるというのだ。
「後片付けをするよ」
「あっ、もうそんな時間なんだ」
「絵を描いていると時間が経つのが早いね」
「そうだね。僕もね」
和典は石を前にしてデッサンをしていた。これから彫る彫刻のイメージをだ。
何枚かラフを描いている。それを見ながら言うのだった。
「あっという間に終わったよ」
「部活は楽しいからね」
だからだ。あっという間に終わったというのだ。
「だからね」
「そうだよね。楽しいことはすぐに終わるね」
「けれど辛く苦しいことはね」
「長く感じるね」
「時間の流れは変わらないけれど」
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