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冥王来訪
第二部 1978年
狙われた天才科学者
一笑千金 その5
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られないのです。全てまやかしのように思えて……。
幼くしてそんなことに気付いた兄さんは、母から出来るだけ距離を置き、自立しようとして入隊したのです」
 ユルゲンは悲愴な面持ちで、
「アイリスディーナ」と叫ぶも、左手をベアトリクスに(つか)まれた。
彼女の顔色は青白く、一目見て体調が優れないが判るほどであった。
ユルゲンは、ベアトリクスの手を振りほどいて、彼女の背後に立つと後ろから抱き寄せ、
「随分調子悪そうじゃないか。最近機嫌も悪いし、何処か、おかしいのか……」
と、人目も気にせず、彼女の耳元でそっと(ささや)いた。
「こんな時だけ……、何時もは、人の話を聞かないくせに……」
ベアトリクスの白磁の様な肌が赤らみ、生気を取り戻す。
ユルゲンは、一瞬驚いた顔をするも、照れるベアトリクスの様子を見て、相好を崩した。

 マサキは、脇で抱き合っているユルゲンたちに、一瞬軽蔑の色を見せた。
再び喜色を表し、アイリスディーナを眺め、左の手で頬杖をつき、
「お前が、どこか年頃の男を近づけさせないのは、その為か」と漏らした。
アイリスディーナは、サファイヤ色の目を丸くさせ、
「何故……わかったのですか」
「単なる勘さ。お前の眼は、どこか虚ろだったから……。
確かに、はじめから人を愛さなければ裏切られることはない」と、煙草を咥える。
「あ……私……」
(『私、どうにかしてる。ベアトリクス以外の誰にもそんな過去のこと話したことないのに……』)
と、ひどく狼狽した表情のアイリスディーナを横目で見つめながら、紫煙を燻らせた。


 しばし沈黙した後、美久が熱い茶を用意して呉れた。
茶葉は西ドイツのロンネフェルトで、ダージリンの春摘新茶(ファーストフラッシュ)だった。
東ドイツでも特権階級層に人気で、ユルゲンやベアトリクスが好きな物を用意した。
 マサキが気を使って、用意した茶を飲まないベアトリクスを見かねた、アイリスディーナは、
「あら、ベアトリクス。紅茶飲まないの。冷めちゃうわ」と、遠回しに(たしな)めた。
「最近、紅茶を受け付けなくて……」と力なく答える。
その話を聞いたマサキは、途端に驚愕の色を見せ、煙草をもみ消す。
(『ま、まさか……』)
立ち上がって、アイリスディーナの脇に居る、ヤウクを手招きし、
「おいロシア人、灰皿を仕舞って、俺を喫煙所に案内しろ」と、命令する。
すると彼は、ロシア人との綽名(あだな)に、眉をひそめ、
「出し抜けになんだい。僕は君の召使じゃないよ」と不満を漏らす。
(さと)い貴様に話が有るから、来い」と、手を引いて、部屋を後にした。

喫煙所に着くや否や、マサキは、ヤウクに驚愕の事実を伝えた。
「おそらく、俺の見立てでは……ベアトリクスは妊娠している」
「何だって
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