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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第80話 怪物、登場
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会議は閉じられた。ヤレヤレといった感じで参加者が席を立ち、それぞれ雑談に移る。俺は尻に帆を上げてとっとと逃げ出したかったが、それはそれは見事な笑顔を浮かべつつ奴が俺に近づいてきているがはっきりわかったので、諦めてザーレシャーク中尉に議事録の回収をお願いして、待ち構えた。

「ボロディン少佐……」

 トリューニヒトの端正な笑顔を間近に、俺は正直に恐怖を覚えた。ディディエ少将のような剛直さも、レッペンシュテット准将の鋭鋒ある気迫でもない。スライムのように粘々とした気色の悪い、毒々しい生命力の化身というべき存在に。

「ボロディン少佐。エル=ファシル攻略戦の時の貴官の活躍は国防委員会でも評判だった。その上、帰還計画でにも尽力してくれている。まさに『エル=ファシルの英雄』というべきかな?」
「いえ、小官は上官の指示に従い、任務に忠実に向き合っただけです」

 お前の美辞麗句に乗せられて舞い上がる程、俺は軽くないよと言外に言ったつもりだが、トリューニヒトは意に介すことなく俺の垂れている右手を、その両手で包み込むように握りしめた。

「それでこそ自由惑星同盟軍人の鏡というものだよ。少佐。君のような軍人がいることに、国防委員として実に心強く思っているとも。それともう一人の英雄がここに来ていると聞いたんだが、彼はもう帰ってしまったのかな?」
「ええ、心配でわざわざ第八艦隊を抜け出してくれていたみたいで申し訳なく思ってます。私はどうやら出来の悪い先輩のようで」
「この場で言うのもなんだけれどね、少佐」
 力を抜くような感じで腕を引き、トリューニヒトは体を近づけ声を潜めて、俺に囁いてくる。
「本当のエル=ファシルの英雄と言うのは、彼のことではなく君のような人物のことを言うのだと、私は常々思っているんだ」

 それはまさに悪魔の囁きだろう。巨大な功績を上げた年下との競争心を煽りつつ、プライドをくすぐるような殺し文句。いわゆる後に国防委員長派と呼ばれる軍人達も、こうやって口説かれたのかもしれない。本人の持つ実績や能力以上の甘言で、相手を篭絡していくのはどんな人間でもやることかもしれないが、トリューニヒトのそれはある意味で芸術的に思える。

「いろいろな人からも君の話を聞くんだが、どの人も『労を惜しまない勤勉で実に優秀な人物』とみな絶賛するものだから、私は正直なところ疑っていたんだけどね」
「それはお耳汚しでした」
「いやしかし、実際に君に会ってみて、まんざら噂も馬鹿にしたものでないと思うようになったよ。特にアイランズ君が、君のことを手放しで評価していたから、今日は会えて本当に良かった」
「アイランズさん、ですか?」
「アイランズ君がどうかしたのかね?」
「失礼。トリューニヒト先生。実を言いますと小官は、アイランズという人物に会ったこ
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