第二部 1978年
ソ連の長い手
恩師
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ヤウクの説教に辟易したのか、顔を背けて返事をした。
「ハイ、ハイ……」
ユルゲンは、話しながらクローゼットの前に移動する。
観音開きの扉を開けると、中にあるレイン・ドロップ模様の迷彩服の一式を取り出した。
脱いだパジャマをベットの上に投げ捨てると、夏季野戦服に手早く着替える。
腰を屈めながら官帽を被ると、鏡台を見ながら両手で整える。
「良し、準備万端……」
そう言うとユルゲンは、立ち上がる。
「じゃあ、ベア……行ってくるよ」
ベットの端に座るベアトリクスの方へ振り返って、彼女の薄い桃色の唇に口付けをした。
玄関先に待っていたのは、小柄で金髪な男だった。
「同志ベルンハルト、久しぶりだな。ゾーネだ」
右手で挙手の礼を取り、ユルゲンを見据えた。
ゾーネは、灰色の国家保安省の開襟制服に身を包み、官帽を目深に被っている。
「お前さんはアスクマン少佐の……」
「これでも自分は少尉だ……。将校らしく扱って欲しい」
キュッと長靴の踵を鳴らし、向きを変える。
「あと自分の事は、同志大佐の色男でも何とでも呼べばいい……」
何気ない一言であったが、ユルゲンの心には響いた。
ゾーネは、今し方アスクマン少佐の事を、大佐と呼んだ。
ああ……、あの『褐色の野獣』は黄泉の国に旅立ったのだな……
何時も不敵の笑みを浮かべてた、あの俳優顔の男はもうこの世に居ない。
ヤウクやカッツェと棺を蓋う、その時に立ち会ったのに……
ユルゲンは半年近く経って、改めてアスクマンの死を実感した。
ゾーネ少尉は咳ばらいをすると、ユルゲンの顔を覘く。
「単刀直入に言おう。
駐留ソ連軍が軍使を参謀本部に寄越した。先方からの御指名で君を迎えに来た」
妖しい目で、ユルゲンの事を舐めまわすように見る。
そして一頻り哄笑した。
「ふふ……、同志大佐が君の事を焦がれたのも、分かる気がするよ」
そう言うとゾーネ少尉は、ユルゲンの臀部に右手を当てた。
ユルゲンは、左手で彼の右手を押しのける。
「気色の悪い冗談は止してくれ……」
彼等の真後ろに立つ、明るい緑色の人民警察を制服を着た男が口を開いた。
「宜しいでしょうか」
口調からすると下士官だろうか。運転手の男が、ゾーネ少尉に呼び掛ける。
「同志少尉、お時間の方は……」
腕に嵌めたグランドセイコーの腕時計を見る。
「さあ、詳しい話は車に乗ってからだ」
彼等はゾーネ少尉の指示に従って、後部座席から人民警察の緑色のパトカーに乗り込む。
警察使用のヴォルガGAZ-24は青色の警告灯を回転させながら、走り抜ける。
深夜のパンコウ区を勢い良く進む車内で、密議を凝らしていた。
ユルゲンは思い出したかのように、ふと漏らした。
「野獣の腰巾着が、俺に用って何かい……
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