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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第77話 手紙
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ンに帰るから、機会を逃したら次は三ヶ月後くらいになるわ」

 明らかに年下。確かまだ二〇歳にもなってないはず、の彼女は、座ったまま人差し指と中指で挟んだ手紙を、腕を伸ばして俺に差し出した。立ち上がることすら億劫なのかと、かなりムカつきもしたが、少なくともこの女性を殴れば気は晴れても、ヤンに絶縁されるかもしれない。腰を上げて受け取った白い封筒には、筆記体でヴィクトール=ボロディンへとしか書いておらず、裏面には差出人の名前も書いていない。

「ここで読んでも?」
「あなたの好きにしたら? 私は夫が来るまでしか、此処にはいないけど」

 鼻で笑うというより、どうでもいいという表情で彼女は、俺から携帯端末へと視線を落とす。本当に手紙の配送人ということで、やりたくもない仕事をさせられたということか。俺は改めて封筒を見ると、蓋の糊はほんの端っこに僅かしかついておらず、指をそっと入れるだけでピンッと開いた。中には便箋一枚だけ。キッチリとアイロンされた二つ折りを開く。

「……」

 開いた瞬間に漂うライラックの香り。二年前と変わらないその香りに、便箋を持つ俺の手の震えが収まらない。それほど大きくない便箋には、たった一文しか書かれていないが、その文字一つ一つが愛おしい。俺はこんなにも感傷的になれるのか……自分の感情の激しい挙動に、なにより俺自身が一番驚いている。

「……私は元同盟人で、親族が軍人だった関係で軍人と会う機会は多かったけれど、あなたみたいに変なメンタリーの軍人は初めて見たわ」
まるで一〇代の少女と変わらないじゃない、と自分のことを棚上げして呆れ気味に続ける。
「差し出した人と私はホントに偶然出会ったけれど、とっても大人で、同性としても尊敬できる人だった。どうしてあなたみたいな人を好きになったのかは、とても理解できないけれど」

 偶然の産物だ、と言えばそれまでだ。小娘に理解して欲しいとも思わない。何しろ俺自身が理解できないのだから。

「……返事は三日後までなら、受け取ってくれるのか。ミセス・ラヴィッシュ」
「そうね。出港直前でも困るし、税関手続きもあるから、明後日の同じ時間ここに持ってきてくれれば、あの人に届けてあげるわ。タダで」
「それは助かる」

 俺はサマージャケットの胸ポケットに封筒ごと仕舞うと、小さく彼女に頭を下げて席を立つ。彼女はきれいに整えられた眉を一瞬吊り上げるが、直ぐに興味をなくしたように表情を消した。さぞかし奇異な男と思っただろう。俺自身もそう思う。

 だがこの手紙の危険性は、おそらく彼女が考えているよりもはるかに高い。メールや超光速通信ではないだけの理由がある。

『Vへ 二酸化炭素がなくても、アスチルベの花は咲くわ Dより』

 本当にローザス提督の孫娘を巻き込んでいいのか。
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