第二十九章 遥か遠い時代のお話
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赤毛のドイツ人女性、グラティア・ヴァーグナーには、常に公言しているある夢があり、それが仕事に全精力を打ち込むための活力源であった。
その夢の内容がまた、変わり者である彼女をますます変わり者たらしめるのだが。
原子、陽子、時間、という物理シミュレートを、現実世界以上に精細緻密に施した、現実世界以上にリアルな、仮想世界を作ること。
その世界の中での人間から、有用な情報を得て学ぶこと。
人間的コンピューティング技術の一つにAIがあり、既に限界に近い進化を遂げていたが、それとはまったく別のアプローチといえよう。
別もなにも、仮想空間内に物理が完全再現されるのならば、現実世界においてAIなどほとんど不要になる。単純な電子計算用途として、残ればよい。
グラティア・ヴァーグナーが現実以上の仮想にて期待しているのは、仮想空間内部において本物の人間を作ること。
仮想世界の、時の流れを加速させ、現実世界を追い抜き、得られたシミュレーション結果を現実世界へとフィードバックさせる。
もたらされるもの、科学にとどまらないだろう。
様々な条件下により発生する様々な思考、思想を学ぶこともまた、人間の魂としての豊かさをより一歩進めることが出来るはずだ。
ドライに実益面だけを考えても、さらに技術が進歩すれば現実世界の人間を仮想世界へ送り込むことが出来るかも知れない。
資源を争う愚かから解放されるし、不知の病の者も仮想世界でならば生きることが出来るではないか。
仮想、現実、双方を物心豊かに発展させ、人類が一つの方向を向けるようになったならば、次の課題は宇宙延命であろう。
3
西暦三千年台の末期は、宇宙終末説がしきりと唱えられた、暗い雰囲気の漂う時代であった。
ほぼ限界にまで科学が発展してしまったため、宇宙の終わりまでが意識されるようになってしまったのである。
大昔よりも生活はより便利になったというのに、皮肉なことに、裏腹に。
だからこそグラティア・ヴァーグナーは、より強く意識していたのだろう。
宇宙の延命についてを。
終焉を迎えるのは、自分たちが死んでおそらく人類も滅んだ数千億年後のことであるというのに。
それでも、他人事にはなれなかった?
いや、どうも他人を思うがため他人事になれなかったというより、最初から自分のこととして宇宙終焉を憂いている節が、彼女にはあった。
インタビューや手記の発言を集めてまとめると。
ある手記において、彼女は語る。
この仮想世界がもたらす科学の進歩は、きっと宇宙の終末そのものを吹き飛ばし、のみならず、あらたな輪廻を作り出せるかも知れないのだから。
まだまったく未知の、解明がなされていない技術ではあ
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