第一章
[2]次話
波のあるバイオリニスト
神楽坂優斗は新進気鋭のバイオリストである、音大を優秀な成績で卒業し今では大学でバイオリンを教えつつ自分の活動も行っている。
その演奏は繊細にして優美でCDも出している、四角い黒縁の眼鏡が似合う色白で知的な美形であり黒髪を奇麗にセットしている。
長身ですらりとしたタキシードが似合うのも魅力的だ、だが。
評論家の中にはこう言う者すらいた。
「調子の幅があり過ぎる」
「全くだな」
「調子がいい時は何も言うことはない」
「実に素晴らしい」
「世界でも通用する」
「それもトップクラスでだ」
「しかしだ」
それでもというのだ。
「調子が悪い時はな」
「もうどうしようもない」
「音程も怪しい位だ」
「まるで初心者だ」
「そこまで出来が悪い」
「同じ人間の演奏とは思えない」
「あそこまで調子の波があるとな」
それではというのだ。
「いい評価は下せない」
「全体を見て評価するべきだからな」
「あの調子の幅はどうしたものか」
「困ったことだ」
こう言うのだった、そしてこのことはだ。
神楽坂自身もわかっていた、それで師匠でもある母校で教授を務めている雅大人痩せて白髪頭でやや小柄な男性である彼に言った。
「僕の評価ですが」
「あまり批評家の言うことは気にしない方がいいが」
雅は自分の研究室に来て話す彼に返した。
「ああした意見はだ」
「所詮外野ですね」
「そうだ、クレンペラーは気にしなかった」
有名な指揮者である彼はというのだ。
「彼等の文章を読みもしなかった」
「そうして己の音楽を進んでいきましたね」
「だからあそこまでの指揮者になった」
今も語り継がれるまでのというのだ。
「そうなった」
「それはそうですが」
神楽坂は用意された椅子に座って沈痛な顔で述べた。
「しかし僕はです」
「気にする方だね」
「はい、それでどうすればいいか」
自分の調子の波の激しさをというのだ。
「考えています」
「人には色々なタイプがある」
雅は自分の席から向かい合っている弟子に答えた。
「それは音楽家でも然りだ」
「それで、ですね」
「君はそうしたタイプだ」
「調子の波が激しい」
「そうだ、しかし解決策のない問題も存在しない」
様々なタイプがあると共にというのだ。
「君の調子もな」
「それもですね」
「君はバイオリンをはじめた時からそうだった」
調子の波が激しかったというのだ。
「調子のいい時は実に素晴らしかった」
「子供の頃から」
「神童だと言えるまでにな、しかし」
「調子の悪い時は」
「話にならなかった」
そこまで酷かったというのだ。
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