第二部 1978年
狙われた天才科学者
一笑千金 その4
[2/5]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
ルゲンは、優しげな表情で、
「アイリス、おいで」と、アイリスディーナをさし招いた。
彼の妹は、それへ来て、ただ恥らっていた。
「アイリスとやらよ、お前の心を俺に教えてくれ」と、訊いた。
アイリスディーナは答えず、ユルゲンの陰に、うつ向いてしまった。
「恥ずかしいのか……」
そして、あろうことか、マサキの右手は、彼女の白玉の様な肌の手を握った。
「怖がることはない。少しばかり聞きたいことがある」
マサキは、恍惚と、見守りながら言った。
「貴様は、こんな先も無いソ連の衛星国の将来の為に、その操を俺に捧げるというのか」
かすかに、彼女は答えた。
「私は、兄さんの……、兄の手助けが出来ればと思って……」
紅涙が頬を流れ落ちる。
うつむくアイリスディーナを前に、何時になく真剣な表情を見せるマサキ。
その姿を見た鎧衣は、驚愕の色を隠せなかった。
猥雑な冗談も軽くあしらって、女にも興味のない風を見せている男が、大真面目な表情でいるのだ。
篁とミラの愛の成り行きを語った時、一顧だにしなかった冷血漢が。
この娘の清らかな気持ちが、漆黒の闇の様な彼の心に何か、変化を与えたのであろうか。
古の呉王・夫差に送られた西施の例を出す迄も無く、よくある美人の計。
女色を持って、情事に耽らせ、マサキを貶めるための姦計であることは間違いない。
木原マサキという人物は木や竹でもない。ふと好奇心を持ってもおかしくはあるまい……
初心な科学者が、何かに魅入られてしまったようなものだ。
鎧衣は、そう思うと、苦渋の色を顔に滲ませて、部屋を後にした。
マサキがアイリスの姿に恍惚になる様を見ては、美久も胸をかきむしられるようだった。
酒色に惑溺する様な人物ではないと思っていただけに、驚きようも、大変な物であった。
推論型AIに前世の記憶を持つ彼女にとっても、19の小娘に面を赤らめ、はにかむ様など記憶にない。
肉体こそは秋津マサトの若々しい青年の体であっても、既に精神は老境に入ったものとばかり。
既に二度、冥府の門をたたいた男である。
世界征服という飽くなき欲望こそ、この男を突き動かす原動力とばかり思っていたが……
ああ、これが世にいう『墓場に近き、老いらくの恋は怖るる何ものもなし』という心境であろうか。
美久は、胸のうちでため息をおぼえた。ふしぎなため息ではある。
アンドロイドである彼女自身でさえ、自分の推論型AIの内に、こんな性格があったろうかと怪しまれるような気持が抑えきれなかった。
それは嫉妬に似た感情だった。
そんな周囲の心配をよそ
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ