第一章
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霊境
中国の唐になり暫く経った頃のことである。
斉州という場所に史論という男がいた、その地では知られた男であり庄屋としてだけでなく学識や武芸でも知られていた、狩りが好きでよくそれに出ていた。
この日も同じで供の者達を連れて楽しみ。
昼下がりにある僧院に入って休んでいるとだった。
「?これは」
「はい、この香りは」
「桃の香りですね」
「左様ですね」
「いい香りだ」
史論はこう言った、背が高く武芸で引き締まった身体をしていて切れ長の目に面長の日に焼けた顔に一直線の眉で清潔な感じである。声も高く整っている。
「実にな」
「只の桃とは思えませぬな」
「この香りは」
「実に」
「全くだ、この様な香りははじめてだ」
史論は唸って言った。
「実にな」
「桃の香りですか」
ここで寺の僧侶が出て来た、小柄で剽軽な感じだが穏やかな雰囲気である。
「それがしますか」
「はい、かなり」
「実はです」
僧は史論に話した。
「ここから十里程離れた険しい山路にある木に実っていました」
「そこにある桃の木にですか」
「ありまして」
それでというのだ。
「私が行脚の帰りに通ってです」
「そうしてですか」
「見付けて三つ程拾って」
「三つですか」
「一つは寺の者で分け合って食べて」
そうしてというのだ。
「まだ二つ程あります」
「その二つの桃の香りなのですね」
「左様です、こちらです」
こう言って懐から出した桃はというと。
飯の碗位の大きさのかなり大きな桃だった、僧はその桃を包丁で切ったが史論は供の者達と共に食ったが。
非常に美味くしかもだった。
「種も大きいな」
「左様ですね」
「こんなに大きな種はありませぬ」
「桃の種の大きさではありませぬ」
「鶏の卵程はありますぞ」
「これは大きい」
「実に」
供の者達も言った。
「この様な桃があるとは」
「全く以て不思議な」
「全く以て」
「そうであるな、この様な桃があるとは」
史論は唸って言った。
「思いも寄らなかったわ」
「宜しければです」
僧がここで言ってきた。
「これより案内致しますが」
「桃の木のところにですか」
「そうしますが」
こう申し出た。
「どうでしょうか」
「それでは」
史論も頷いてだった。
彼は僧の案内で供の者達も連れてだった。
そちらに行った、僧院を出てだった。
五里程進とだった、そこにだった。
川が流れていた、僧はこの川を見て史論に話した。
「この川は越えて」
「そうしてか」
「はい、そして」
そのうえでというのだ。
「あと二つ小川を越えて山に入り」
「その山にあるのか」
「その山の先の谷を越えて」
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