火車
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―――今が、五月で良かった。
不謹慎にも、そんな事を思っていた。
もう少し暑い時期なら、スーツは厳しかった。
草間の葬儀から数カ月。喪服…というか黒っぽいスーツに袖を通すのはそれ以来だった。否、数カ月しか経っていない。
「なんか…これ着て就職活動するの、縁起悪いな」
今泉が余計な事を呟いた。…俺は全てを忘れてこのまま就活に使おうと思っていたのに。
草間の時と同じように、俺達は『薬袋』の葬儀に揃って参列していた。念のため鴫崎にも声を掛けてみたが、そもそも鴫崎は薬袋とそこまでの面識はなく、普通に断られた。奉は当然来なかった。
俺達が薬袋が巻き起こす様々な厄介事に苦しめられている間、鴫崎はコツコツ仕事をしていたのだ。
まるで真逆だ、小学生の頃と。
「…急、だったな」
間が持たなくて、さっきも呟いたことをまた呟いた。ここらで一番立派な葬祭場に、静かな黒い集団が連なっている。それをただぼんやりと眺め、同じ列に連なりじりじり進む。
「…そうか?」
思わず、そう返してしまった。
彼女は云った。
『あの人は、もう助かりません』
あの男は云った。
『もう長くねぇよ』
それは病の宣告のように、繰り返し聞かされた。だから俺は、薬袋の死を確定した事項と捉えていたのだ。訃報を聞いた時も、衝撃はなかった。ただ、張り詰めていた何かが緩んだような…。
「いやいや、急だったろ。地盤沈下に巻き込まれて圧死とか。伊藤の家、あの辺なんだよ。大丈夫かな」
伊藤が誰か思い出せないが、広げる程の話題じゃないので、適当に頷いた。
―――薬袋の病院が地盤沈下で半壊したニュースは、薬袋の訃報と同時に届いた。
この辺りでは一番大きな病院だったこともあり、地元のニュース番組ではトップニュースの扱いだった。外来はほぼ完全に休診していて、入院患者も比較的安全な区域に移し、徐々に転院の手続きを進めているという。
「あそこ、なくなるのかな。俺ん家、子供の頃からずっとあそこだったんだよ」
今泉が、遠くを見るように顎を上げた。昔っから健康優良児だった今泉が病院にかかる機会などほぼなかっただろうが、懐かしむからには担当は変態センセイではなかったのだろう。
「……困るなぁ」
「お前が困ってんなら、再建されるだろ。なんか、あるんだろ?地域に必要な病院の数…がどうとか」
実際、あれだけ大きな病院が廃業するとなると影響が大きすぎる。場所を変えてか地盤を固めてか分からないが、結局再建されることになるのだろう。薬袋がどうあれ、病院自体はまともな病院なのだ。
黒い列はゆったり歩むのと違わない動きで、俺達はそれから五分もしないうちに焼香台の前に居た。
白い花に包まれた棺は、しっかりと閉ざされ…その棺には『窓』が…『窓』が、ない。
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