第二部 1978年
ソ連の長い手
首府ハバロフスク その4
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灰色の開襟型の上着を着て、陸軍総監の記章を付けた男が応じる
「お聞かせ願えますかな、閣下」
赤い裏地の階級章は、この男が将官である事を示ている
陸軍総監に問われた彼は、机の下から封筒を取り出す
「ベルリンの周囲を嗅ぎまわっているCIAが、東側と接触した際、ある話が出た。
東ドイツ空軍の戦術機部隊長の妹の処遇に関する件が持ち上がった」
封筒を開けると、数葉の写真と厚いA4判の資料を机の上に置く
「この写真に写ってる金髪の女が、件の娘御だ」
一葉の総天然色の写真を指差す
「アイリスディーナ・ベルンハルトと言う名で……、それなりの美女。
国家保安省が、我等に貢物として送り出す算段をしていたそうだ……」
漆黒の様な濃紺のダブルブレストの上着に、並列する金ボタン
その話を聞いた海軍大将の袖章を付けた男が嘆く
「知った事ではないが……、中々酷い話ではないか。
淳樸な娘を貢物に差し出す……。
遠い支那の故事になるが……、前漢・武帝の治世の折。
匈奴の単于に、王昭君という美女を貢がせた……。
その逸話にどれ程の人が涙した物か、想像に難くない」
老人は、口元より両切りタバコを離すと、紫煙を燻らせる
艶色滴るばかりの乙女子の行方を案じた男に、返答した
「私はそのことをあの男に尋ねたかったのだが、終ぞ聞きそびれてしまった……」
彼は、周囲を憚ってあえて口には出さなかったが、こう思った
救いは、同胞である西ドイツであると言う事であろうか……
粗野なスラブ人などに下げ渡されれば、肉体どころか、尊厳まで破壊つくされるであろう……
幾ら目の前に立っているのが、独ソ戦の4年間、苦楽を共にした戦友達
気の置けない間柄とは言え、一人の美女の悲劇的な行く末……
言うのも引けたのだ
「この娘の扱いは……」
件の老人はシュタインホフの方を振り向き、問いかける
彼はしばしの沈黙の後、口を開いた
「聞かなかったことにしましょう……、我等を誘い出す為の毒入りの餌かもしれませぬ故」
ふと、誰かが漏らす
「気の毒よの」
老人は、右の食指と親指に挟んだタバコを口元から遠ざける
噴出される息より紫煙が揺らぐようにして、室内を漂う
「シュタインホフ君、君も同情もするのかね」
尋ねられたシュタインホフ大将は、ゆっくりと灰皿に灰を捨てる
「ふと、自分の孫娘と重ねただけですよ……。
年頃も10歳とは離れていません。
恨むなら彼等の政治体制を恨むべきでしょう」
両切りタバコから立ち昇る紫煙を見つめながら、告げた
「そうかもしれぬな」
紫煙のまみれる室内に、男達の哄笑が響いた
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