第二十ニ章 そう思うなら、それでも構わない
[1/22]
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
1
それは、視界の記憶であった。
それは、感覚の記憶であった。
浮かんでいる。
満ちている、羊水の中。
そこにいる。
水泡の向こう。
白衣姿の男女が、なにか作業に没頭している。
時折ふらりと現れる、グレーのスーツ姿が一人。
いつも楽しげに、こちらへと近寄ってくる。
こちらへと、顔を近付けてくる。
にんまりとした笑顔で、覗き込んでくる。
凹レンズでぐんにゃり歪んだ笑顔で。
こぽこぽ、水泡。
小さな泡。
時折、大きな泡。
人工の羊水は満ちて、ただ、そこにある。
ふわり、ゆらり、そこに浮かんでいる。微かに揺れている。
なにをしているのだろうか。
そんな疑問も、なかった。
そんな思考力など、なかった。
細胞。
わたしは誰だ、というよりは、わたしとは、なんだ。なんだ。
ただ、眺めている。
ありのままを、見つめている。
ゆらゆら、揺れる、視界の先に。
ゆらゆら、揺れる、意識の先に。
それは、魂の記憶。
それは、肉体の記憶。
骨の記憶。
皮膚の記憶。
臓器の記憶。
細胞の記憶。
分子、原子、クォークの記憶。
友に、家族に、恋人に、仲間に、同僚に、組織に、主人に、主君に、家来に、魂の底から震えるほどの裏切りを受けて、生命を終わらせられることになった記憶、慟哭、怒り、狂い、呪い、激情。
無数、の
お、びた、だし、い
鳥肌、の、立つ、ような
絶叫、に、口、が、裂け、そ、うな、ほど
まだ乳を求める幼さであったのに、臓器の売人に売られた。
実の母と、その恋人によって。
貧しさが故?
否。
ただ遊びたいために。
派手な生活を送りたいために。
男にもっと好かれたいために。
聞かされたのは、聞いてしまったのは、解体のために殺される、その直前だった。
哀れみから口を滑らせたか、幼い故まだ言葉解せぬと思ったか、死にゆく者へ隠す必要もなしと思ったか。
呪い、届かぬと思うのか。
死者に、呪いなしと思うのか。
病弱だった娘。
窓辺から、ささやかに咲いている花を見ること、ただそれだけが楽しみだった。
何故、首を刎ねられなければならなかったのか。
一体、なにをした?
みなを救うためだから、と、もともと儚いその生命を、喜んで贄に差し出そうとした身であるというのに。魂であるというのに。
何故、引き回され、石を投げられ、杭を打ち込まれ、晒し首にならなければならなかったのか。
死んでなお、唾を吐き捨てられなければならなかったのか。
何故だ。
何故だ!
もう十人も殺しているのに。
何故、
[8]前話 [1]次 最後 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ