壱
[2/4]
[1]次 [9]前 最後 最初
非ザルヤ。
蓋シ余平生ノ所見、人ニ於ケルヤ過多タリ、妖怪ニ於ケリヤ過少タリ、余猶是妖怪ノ無知ノ童蒙ナリ、世間ノ況味ノ甜苦ヲ知ラズ。。余以爲ラク所ノ至テ貴ブ可キ者、或ハ亦毫毛タリラクノミ。天地ノ間唯人能ク其ノ心ヲ用ヰル、他ノ物則チ冥々?ニ自カラ興衰ス、是ヲ以テ余美ヲ愛シテ心ノ美ヲ得ルヲ愛ス。洛陽ヲ見テ一驚スルハ、人心ノ變易斯クノ如キハ、誠ニ古今未曾有ヲ以テナリ。
余乃チ夜行シ、衛門府ニ入ル。余惟フニ夫レ衛門府ハ檢非違使ノ所在ナリ、罪人モ東西獄ニ居ル、此處豈ニ遊ブ可キヤ、長シヘニ留マルハ立ドコロニ去ルニ如カジ。然レドモ庭中ニ在テ朗々タル歌聲ヲ聞ユ、曰ク、
袖ひちて 結びし水の 凍れるを 春立つ今日 風や溶くらむト
彼處ゾ但一間ノ牢檻有リ、就中一人コソ地下人ノ服ヲ着リ、莞爾トシテ歌フ。
余之ニ謂フ、君ハ何人カ。
對シテ曰ク、僕ハ天文博士宮古月是ナリト。爾コソ是何等ノ夷狄ノ女人ヤ、蠻夷ノ衣裳ヲ着リ、私カニ禁府ニ行クト。
必ズシモ聲ヲ大ニセズ、汝博士タリ曾チ人妖ヲ分別スル能ハザリヤ。何故此處ニ在テ斯クノ如キノ歌ヲ作スヤ。但我ニ言フべシ。
汝ハ何物ゾ、妄ニ宸掖ニ近ヅクニ敢スルヤ。是莊嚴ノ所ナリ、豈ニ恣?ス可キヤ。
余頗ル懌バズ、其ノ牢檻ヲ啓クルト欲ス、然レドモ本來鎖閉無キナリ。乃チ兩臂ヲ以テ其ノ首ヲ抱擁シ、觸手ヲ以テ周身ヲ緊縛シ、之ニ謂フ曰ク、博士君、數日余洛陽ニ行キタリ、爾來未ダ一人從容トシテ君ノ如キ者ヲ見ズ。然シ汝何ヲ以テカ牢檻ニ居スレドモ是クノ如キノ心ヲ存スルヤ。必ズ我ト言フべシ。
彼長嘆シテ曰ク、僕ヤ獄裡ノ一介ノ囚徒ニシテ、宇内?爾タル一鴻毛ナリ。?誉モ國法ノ幽明ニ存シ、生死モ絲綸ノ一下ニ在リ、又焉ゾ晏如タルヲ得ルヤ。夫レ天文ハ、皇運ノ關スル所ナリ。天文ヲ察シテ朝廷ヲ輔弼スルハ、吾人ガ平生ノ職分ナリ。僕嘗テ天象ノ大觀ヲ察セキ、以テ國家ノ經略ヲ揣摩セン、官ノ天職ナリ、安ヲカ罪有ルヤ。
所謂皇運ナル者、特ニ大和朝廷ニ在ルノミニ非ズ、八百萬神明ノ氣數ニ在ルナリ。朝臣ハ開國ヲ以テ自彊ノ計ト爲ス、豈ニ神州ノ根柢ヲ念ゼシヤ。目下幕府ヲ廢シテ開國セバ、爾後西洋ノ氣象將ニ本國ヲ犯シ、以テ國魂神ヲ動ゼントス、遠ク彗星ノ孛フ、?惑ノ災ニ勝ル。僕以テ當?者ニ言ハキ、曰ク是クノ如キハ國家必ズ餘殃有ラン。彼輩猶我ヲ以テ扇動スルコトト爲ス、乃俄然ニシテ茲ニ在テ我ヲ拘ル、將ニ以テ牢獄ニ付セントシ、嗣後ノ存亡知ル可カラズト。然レドモ此レ悲ム可カラザナリ。僕感ズル所ヤ來日神州將ニ西洋ノ國ト化セントス、陰陽無ク、神道無ク、八百萬神無ク、亦妖怪無シ。乃チ此ノ京師將ニ歌ヲ作ス可キ人無クセントスべシ、故ニ歌フラクノミト。
君其レ逃セヨ。
汝跳梁セ勿レ。夫レ直諫ハ人臣ノ職ナリ、黜陟ヲ以テシテ爲スヲ肯ゼザンバ、將焉ゾ彼ノ人臣ヲ用ヰ
[1]次 [9]前 最後 最初
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ