第三章
[8]前話
「化けるのには自信があるんだぞ」
「いや、わかるだろ」
「全くだよ」
夫婦で左吉に返した。
「あたしがわからないと思ってるのかね」
「こんなのわしを知ってると一目瞭然だ」
「それがどうしてかわからないんだ」
左吉は怒って言った。
「わしはちゃんと旦那が片目なのまで化けたんだよ」
「その片目だ」
左吉は飲みつつ言った、帰ってから飲んでいる待望の酒は実に美味い。
「わしが片目なのをよく見た」
「だから化けやすいと思ったんだが」
「わしは右目だ」
その見えない目はというのだ。
「右目が駄目なんだぞ」
「?どういうことだ」
「お前さんは左目がそうなっているぞ」
逆の方がというのだ。
「だったらな」
「逆か」
「それでわからない筈があるか」
「あたしはこの人と一緒に暮らしてるんだよ」
お福もまた言ってきた。
「だったらだよ」
「すぐにわかるか」
「そうだよ、迂闊だってね」
「確かに迂闊、片目だけ見ては駄目だった」
「そういうことだ、しかしな」
左吉は自分の失態に気付いて苦い顔になった権吉に言った。
「わしに化けて酒を飲もうとした」
「そのことについてか」
「どう落とし前をつけるか」
このことを言うのだった。
「聞かせてもらうか」
「こうなっては仕方がない」
苦い顔のままでだ、権吉は左吉に答えた。
そしてだ、出ろと言って自分の前に銭を多く出して言った。
「本物だ、これを酒代と化けて騙した詫びにしていいか」
「それだけあったらな」
「いいよ」
左吉だけでなくお福もよしとした。
「これが何もなしだったら袋叩きにしていたよ」
「狸鍋はしないがな」
「じゃあそれでね」
「縄をほどいてやるからとっとと帰れ」
「そうさせてもらう、しかし片目といっても右と左を間違えるとな」
彼は権吉は苦い顔でこうも言った。
「それだけで駄目だな」
「間抜けな話だな」
「全くだ、化けるにしても考えんとな」
この言葉も苦い顔で言ってだった。
縄をほどいてもらった権吉はすたこらと逃げ出した、以後彼はそうした悪戯をしなくなりかつ化ける相手のことをこれまで以上に見ることにした。加賀今の石川県に伝わる古い話である。
片目の樵 完
2021・7・11
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