第三章
[8]前話
「ああした姿をしており人に憑いてな」
「憑くのですか」
「そういえば随分剣呑な顔でした」
「有無を言わさず槍を出してきましたし」
「おかしな者でしたが」
「人に憑きその憑いた者に人を殺めさせたりな」
大岡はさらに言った。
「火事もな」
「起こさせますか」
「そうさせますか」
「そうした妖怪ですか」
「通り悪魔というのは」
「悪霊か怨霊の類やも知れぬ」
大岡はこうも言った。
「人に憑くからな、そして憑かれた者は覚えておらぬという」
「憑かれている間にしたことを」
「全くですか」
「覚えていませんか」
「そうなのですか」
「だからこれまで火付けをした者は見付からなかったか」
鋭い顔になって述べた。
「その間のことは覚えておらぬではな」
「見た者もおりませんでした」
「火付けをしたのが誰か」
「それではですな」
「火付けをした者もその都度違えば」
「通り悪魔が憑く者は常に変わるので」
「それなら道理、しかしな」
彼はさらに言った。
「もうこれでな」
「はい、その通り悪魔は退治しました」
「それならばですな」
「もうですな」
「出ることはない、一件落着であるな」
大岡は確かな声で言った、そして実際にだった。
火事が起こることは極めて減り江戸の町は穏やかさを取り戻した、大岡はそれを見てあらためて奉行所の者達に言った。
「災いは人や自然だけがもたらすものではないな」
「左様ですね」
「あやかしや悪霊の類が為すこともありますね」
「それもありますな」
「うむ、そうしたこともある」
強い声で言った。
「このことも覚えておかなくてはならぬな」
「左様ですな」
「こうしたこともある」
「肝に銘じておきましょう」
奉行所の者達も皆頷いた、そうしてだった。
以後江戸の奉行所では妖怪や悪霊の類も頭に入れて取り調べ等をする様になった、こうしたことが実際にあるとその身を以て知ったので。
通り悪魔 完
2021・7・13
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