中編
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追いついて声をかけても彼女は足を止めなかった。
「こっち」
そう言って、目的地がはっきりしているかのように角を曲がり進んでいく。
ある扉を抜けると、周りの雰囲気が一気に変わった。廊下の幅が旅館のそれではなく、民家のサイズになっている。
先ほどまでのでたらめな廊下や部屋の並びから、ごく普通の家の間取りになっていた。
やがて彼女はひとつの扉の前に立ち止まると、しばらく戸惑ってから慎重にドアノブを捻って開いた。
中を覗き込むと、机があり、本棚があり、壁には学校の制服がかけられている。床には青みがかった毛足の短いカーペットが敷き詰められ、机の横の壁には草色のカーテン閉まっていた。
イスの背には赤いカーディガンが掛けられており、そして机の上に赤いカチューシャ置かれていた。
「ここって、もしかして・・・」
『彼』が問いかけると、彼女がコクンとうなづいた。
「そう、私の部屋・・・。」
女子高生にしては、よく整理整頓された落ち着いた部屋と言えよう。几帳面な性格なのかもしれない。
『彼』は何も言わずに足を進めると、まず気になった草色のカーテンを開けてみた。
しかしそこには何もない。ただ壁があるだけだ。
「君の部屋では何もない壁にカーテンを掛けているの?」
「そんな・・・まさか・・・そこには窓があって庭が見えているはず。」
彼女がめずらしく動揺したように言う。
「つまりここは君の部屋にそっくりだけれど、本当の君の部屋じゃない、ということだね。」
「そうみたいね。」
彼女は力なく同意した。
「何か少し思い出した?」
「うちが老舗の温泉旅館だったってこと。さっきお風呂場を見ていて思い出したの。それから自分の部屋のことも・・・。」
「少しずつ記憶が戻ってきているみたいだね。・・・名前は?」
彼女が首を横に振る。
焦っても仕方がないだろう。順に記憶をたどって行けばいい。浴場が引き金になったように、また何かがきっかけで他のことを思い出すこともあるに違いない。
彼女は部屋の中を確認するように見てまわっている。
『彼』も周りを見回してみた。この迷宮が彼女の家を模したものだというなら、ここに何かヒントがある可能性はある。
ふと彼女が何かに目を止めたことに気づいた。視線をたどると、本棚に写真立てが飾られていた。そこには赤いカーディガンを着た彼女が、緑色のジャージを着たショートカットの少女と、その少女が抱きかかえている犬と一緒に写っている。
写真の中の彼女は、『彼』が会ってからの思いつめた暗い表情とは違い、屈託なくうれしそうに笑っている。これが本来の彼女の表情なのだろうか。
「これは?」
「・・・私の王子様。」
「え? 男の子?」
驚いて訊き返すと彼女が首を振る。
「ああ・・・でもわからないの。・・・私が困ったとき、いつも助けてくれ
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