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冥王来訪
第一部 1977年
慕情 その2
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その話を聞いた時、彼は混乱の極みに達した
顔は耳まで赤く染まり、体温が上がるのがわかる
鼓動が早くなり、握る拳は汗ばんでいく……
(「俺とベアトリクスの子供……、アイリスの甥姪、どの様な物だろうか……
あの美女と……、あの美しい躰の……」)
「この話は続けるつもりはないぞ」
少尉が、手を握りしめて、両腕を振る
興奮して語っているのが、一目で判る状態だ
「そうやって逃げ続けてどうするんだね。君は。
5年近く付き合ってる、彼女の気持ちを考えたことは、ないのかい。
傍に居たいから、君の反対を押し切って陸軍士官学校には行ったんだろう。
違うかい。
そうだろ、ユルゲン」
興奮して、少尉の左手を掴もうとするが、払いのけられる
それでもなお、彼の面前に、顔を寄せる
「士官学校次席として、補佐役としていう。今すぐにでも結婚しろよ。
現実から逃げてるんじゃ、君の父君と同じではないか」
彼の脳裏に、妻との離婚から、酒害に苦しみ、《発狂》した父が浮かぶ
思えば、母、メルツィーデスは、寂しさから、父の同僚と不倫関係になり、異父弟を成した
10年以上前の苦い記憶が甦る
「忠告は受けよう。ただ、今は動けない」
少尉が、興奮したままだ
彼を、再び抑えようとして動く
彼は退き、背を向ける
そして、別方向へ動き出した
「何でだよ。僕は君の事を考えて……、待ってくれよ。ユルゲン」
彼は、友人を置き去りにして、走り始めていた
(「お前の言う事は分かっている。唯、今動けば、妹も、彼女も危ない」)
頬に涙が伝え落ちてくるのが、解った
ヤウク少尉の忠告は、正しい。しかし、未だ、その時期ではない
その本心では、目の前の友人には、話しておきたかったのだ
愛しい人ベアトリクスと、血肉を分けたアイリスの身に、危険が迫っていると言う事を
言えば、自分達の企みが保安省の間者に漏れ伝わる
もどかしい思いを胸に秘めて、その場を、彼は黙って立ち去って行った



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