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太助の気風と大久保の器
第三章

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「今日はまた念入りにだな」
「魚選んでるだろ」
「ああ、活きがよくて大きなのをな」
「ちょっと考えがあるんだよ」
 太助は漁師に笑顔で答えた。
「それでだよ」
「念入りに選んでるか」
「いつもそうしてるつもりだけれどな」
「今日はいつも以上にか」
「念入りにな」
 そうしてというのだ。
「選んでるんでい」
「あれかい、大久保のご隠居にかい」
 漁師は太助と彼が親しいことを知っている、それで彼に笑ってこうも言った。
「それでかい」
「そうさ、ご隠居の初陣からもう五十年でな」
「それでか」
「ああ、それでお祝いにな」
「どうせご隠居はいいって言ったんだろ」
「そうだったけれどな」
 それでもというのだ。
「折角のことだしな」
「ここはだな」
「とびきりの活きのいい大きな魚をうんと持って行ってやるさ」
「そうか、じゃあ気が済むまで選んでくれ」
「そうさせてもらうな」
 漁師にこう言ってだった。
 太助は実際に入れ墨のある腕に強い光を放つ澄んだ目も使ってだった。
 これはという魚を何匹も選んだ、そこには蛸も烏賊も貝もあり。
 選んだものを桶に入れて天秤に担いでだった。
 築地から大久保の屋敷に駆けて行った、そして自分が選んだ海の幸を彼に見せて満面の笑顔で言った。
「今日はお勘定はいらないから食って下さい」
「やはり持って来たか、しかし何と多い」
 大久保は庭で置いた桶の傍に腰を下ろして満面の笑顔で言う助けに縁のところに立って呆れて笑っていた。
「桶から出そうではないか」
「ここに来る途中蛸や烏賊が出て身体に絡みついてきました」
「そうもなったか」
「取るのが大変でした」
「全く、お主は意地っ張りだな」
「そこはご隠居もで」
「このやり取りは前にしたからよい」
 大久保は笑ってそれはいいとした。
「しかしこの魚や烏賊を全部か」
「ええ、ご隠居に」
「こんなに食えぬわ」
 笑って言うのだった。
「わしでも家の者でもな」
「沢山持って来ましたけれどね」
「多過ぎるわ」
「やっぱりそうですか」
「そうじゃ、だからな」
 それでとだ、大久保は助けに笑って話した。
「すぐに漁師やお主の家族も連れて来い、家に仕えている者達も呼ぶ」
「そうしますか」
「それでそれを全部料理してじゃ」
 そうしてというのだ。
「皆でな」
「食いますか」
「そうするぞ、折角のお主の心遣いじゃ」
「それをですか」
「粗末に出来るか」
 到底というのだ。
「だからな」
「そうしますか」
「今からな、では皆を呼べ」
「そうしますね」
「わしも人をやる、今日はもう無礼講でじゃ」
 それでというのだ。
「食うぞ、そしてな」
「酒もですね」
「飲むぞ」
 これもというのだ。
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