第一章
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太助の気風と大久保の器
一心太助はこの時大久保彦左衛門の屋敷にいた、それで魚を出していたが彼は庭の縁側に座っている大久保が買う魚を見て言った。
「ご隠居、もっとですよ」
「上等の魚を買えというか」
「そうですよ、もう鯛とかを」
太助は実際に大きな鯛を手にして大久保に言った、若々しく男らしい見るからに気風のいい顔である。
「買ったらどうですか?」
「贅沢じゃ」
大久保は皺だらけの厳めしいが何処か温かさの感じられる顔を太助に見せつつ言った。
「よいか、わしは代々槍一筋でな」
「それで三河で、ですよね」
「権現様をお護りしてじゃ」
こう太助に言うのだった、庭で魚を見せている彼に。
「何十もの戦を経てそれと同じだけの傷を受け」
「それで贅沢なんかですよね」
「したこともないわ、侍が贅沢を求めてどうする」
「真の三河武士はですね」
「飯と少しのおかずでじゃ」
それだけでというのだ。
「いいのじゃ、だから鯛なぞじゃ」
「そうですよね」
「わかっておるではないか」
「だってご隠居毎日愚痴っぽく言いますから」
太助は大久保に笑って話した。
「もう暗誦出来ますよ」
「暗誦するのは念仏か軍記の書にしておけ」
「いえいえ、おいら字が読めないですから」
「嘘を吐け、魚の文字や数字が読めないで魚を売れるか」
「自分が興味がない文字は読めないんですよ」
「それはまた変わったことじゃのう」
「ええ、それが魚売りってもんです」
大久保に笑ったままこうも言った。
「それで商売人です」
「念仏も軍記も覚えられぬか」
「念仏はちょっと位はですがね」
「そうか、それでまた言うがな」
大久保は太助が天秤に担いできている桶の中の魚達を見ながら話した、どの魚も活きがよくびちびちと動いている。
「侍、真の三河武士はな」
「贅沢はですか」
「せぬもの、鯛なぞいらんわ」
「じゃあこっちはお大尽に売りますね」
「そうせよ、わしは鰯でいい」
「また鰯ですか」
「またではない、鰯があれば充分じゃ」
おかずはというのだ。
「それを買う、よいな」
「へい、毎度あり」
太助も応えてだった。
大久保に鰯を売った、すると大久保は銭をいつも通り弾んだ。それで太助はまた彼に言うのだった。
「鰯にしちゃ高いんですがね」
「侍はもの惜しみもせぬ」
「そうしたものですか」
「明日戦で死ぬやも知れぬのにそうしてどうする」
こう言うのだった。
「槍一筋に生きていればな」
「明日戦で死ぬこともですか」
「普通にあるからな」
「銭の支払いもですか」
「惜しまぬ、また侍の出す銭は受け取れ」
「多くてもですか」
「そうじゃ、断ることは許さん」
こう言って太助に普通に
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