第一章
[2]次話
送り提灯
平賀源内は歌舞伎の台本の話を持って来た男に書き上げた台本を渡した後で一緒に蕎麦を食べている時にその話を聞いた。
「へえ、法恩寺の前にかい」
「ええ、丁度今の時期になんですよ」
「今っていうと早春だな」
「その時にです」
男は蕎麦を食べつつ源内に話した。
「法恩寺の前に行きますと」
「提灯を持った女が出てか」
「そうしてです」
「何処に行くかって聞くとか」
「それで、です」
男はさらに話した、二人共ざるそばで蕎麦を噛まずに飲んで喉ごしを味わっている、そうして食べている。だが源内は幾分慣れない感じだ。
「ついそこでと言って暫く一緒に歩くと」
「すう〜〜〜って消えるのか」
「そうなんです」
「成程な、じゃあ今日にでもな」
源内は男に言った。
「おいらが行ってな」
「そうしてですか」
「確めようか」
「そうされますか」
「面白そうだな」
そう思ってというのだ。
「行って来るか」
「そうしますか」
「ああ、じゃあ今夜な」
「行って来ますか」
「そうするな」
「多分あれですよ」
男は源内に怪訝な顔で述べた。
「その女は」
「あれだよな」
「はい、あれです」
「幽霊か化けものだな」
「そのどっちかですか」
「それも面白いじゃねえか」
源内は笑って応えた。
「幽霊でもお化けでもな」
「面白いですか」
「ああ、おいらこれまでどっちも見たことないからな」
「ご覧になられたいですか」
「いい機会だ、行って来るぜ」
法恩寺にというのだ。
「夜に出るんだよな」
「提灯ですからね」
それを持っているからだとだ、男は答えた。
「そうです」
「そうだよな、それじゃあな」
「今夜ですか」
「行って来るぜ」
「そうしてですか」
「この目で実際にどうか確かめて来るぜ」
源内は自分の左目に左手の親指と人差し指をやって目の裏側まで見せて話した、
「そうしてくるぜ」
「そうしますか」
「別に取って食われる訳でもねえだろ」
「そんな話はないですね」
「だったらな」
「行って確かめてもですか」
「問題ねえぜ、それじゃあな」
「今夜ですか」
「行って来るぜ、しかしな」
ここで源内はこうも言った。
「江戸は蕎麦は噛まずに食うな」
「喉ごしを味わうんですよ」
こうしてという感じでだ、男は蕎麦を噛まずに飲み込んで話した。つゆに漬けるがそれはほんの少しである。
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