火山編 十字星を背負いし男達
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淵を彷徨っていた。
そこから奇跡的に目覚め、まともに動けるほどにまで快復した彼は、真っ先に故郷へと帰って行った……はずなのだが。今の彼はこうして、独りで森の奥へと訪れている。
彼の命を救い、目覚めの時が来るまで介抱し続けていた老人にとって、それは予想外の展開ではなかったのだろう。彼は特に驚くような様子もなく、こうしてアダルバートと共に公国の城下町を見下ろしていた。
過去に数多の戦乱を経験し、「守る力」を以て独立と平和を維持して来たのだと言われている、騎士の国――ユベルブ公国。その歴史に裏打ちされた国民性を知る老人には、分かり切っていたのだ。
ユベルブ公国の民はすでに、最優の名門・ルークルセイダー家の嫡男を失った悲しみすらも、乗り越えようとしているのだと。
「……オレがいなくなったからこそ、なんだと思う。公国にとっては、あのままが1番良いのかも知れない。そんなこと、見たら分かるよ」
「……そうか」
だが、頭で理解することは出来ても。未熟な幼き少年の心では、その「変わらなさ過ぎる」景色を受け止めることは出来なかったのだろう。
自分がいなくなったということについて、人々が何とも思っていないわけではない。ただ、立ち直るのが早過ぎるだけ。帰郷に半年も掛かったからといって、拒絶されるはずもない。
「……あそこにはもう、オレの居場所はないんだ。嫌でも分かっちまうんだよ、オレはいない方が良いんだって……! それが正しいんだって分かってる!」
「……」
「だったら! なんでオレはまだ生きてる!? オレはもう要らないのに! あのまま死んでおけば良かったはずなのに……! なんで、なんでオレを助けたりしたんだよ! 爺ちゃんっ!」
それでも、心だけは付いてこなかったのだ。自分はすでに、要らなくなってしまったのではないか。あそこにはもう、自分の帰る場所はないのではないか。
そんな疑念が脳裏を過り、膨らみ、やがて彼は自ら故郷に背を向けてしまったのである。堰を切ったように溢れ出る少年の嗚咽は、この静かな森に響き渡っているが――遥か遠くの城下町で暮らす人々には、届くはずもなかった。
「……空を見てみぃ、アダルバート」
「えっ……?」
少年の叫びが収まるまでその様子を静観していた老人は、澄み渡る星空を仰ぐ。彼に促され天を見上げたアダルバートの眼には、十字を描く星々が映し出されていた。
「十字星……という言葉を聞いたことはないかのう」
「クロス……? なんだよ、それ」
「……まぁ、無理もない。数百年からある御伽噺の一つに過ぎんからのぅ。どこかで失伝していてもおかしくはない」
自身が口にした言葉に眉を顰める少年に対し、老人は「仕方ない」とばかりにため息をつくと。剣の如き十字を描く星空
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