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ネクロノミコン
第五章

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「彼の創作ですよ」
「何と!?」
 男はヤンの今の言葉に雷に打たれた様な顔になって声をあげた。
「そうなりか」
「はい、実は」
「ではネクロノミコンもなりか」
「実在しません、あの人はです」
 ラグクラフトのことをさらに話した、そのうえで男に言った。
「全てです」
「あの暗黒と混沌の神々は実在しないなりか」
「はい、ですからネクロノミコンも」
「実在しないなりか」
「実はラグクラフトの最初の全集の初版が入りまして」
 ヤンは真相も話した。
「それでジョークで」
「あの貼り紙なりか」
「そうなんですよ」
「ううむ、それは恐ろしいジョークなり」
 男はヤンから真相を理解して唸った。
「アメリカンジョークなりな」
「少し違うと思いますがね」
「我は唸ったなり、ではなり」
 男はヤンにあらためて言った。
「その最初のラグクラフト全集の初版をなり」
「買ってくれますか」
「そうさせてもらうなり」
 こう言ってだった。
 日本人の男はそのラグクラフト全集を買って店を後にした、かなりの高額であったが彼は躊躇しなかった。
 こうしてヤンがアルバイトをしている古本屋でのネクロノミコンの話は終わったがその後でだった。
 ヤンはシュテファンと共に大学の食堂で昼食を食べている時にその日本人を見て思わず食べていたスパゲティ、ボロネーゼのそれを吹き出した。そうしてシュテファン既に古本屋でのことを話していた彼に言った。
「あの人がだよ」
「ラグクラフト全集買った人か」
「ネクロノミコンがどうとか騒いで」
「そうなのか、あの人何でもこの大学の新しい教授さんだぞ」
「教授さんか」
「日本語のな」
 そちらのというのだ。
「向こうじゃかなり凄い人らしいぞ」
「そうだったんだね」
「しかしその話を聞いたら」
 シュテファンはヤンにチキングリルを食べつつ述べた。
「面白い人だね」
「うん、ネクロノミコンが実在すると思っていたり」
「そうだね、しかし学者としては」
 日本語のそれではというのだ。
「凄い人だそうだから」
「それでかい」
「この大学にだよ」
「教授として入ったのかい」
「うん、じゃああの人の講義を受ける時になったら」
「どんなものか」
「楽しみにしてよう」
「それではね」
 ヤンはシュテファンの言葉に頷いた、そしてだった。
 後で実際に彼の講義を受けた、すると日本語訛りの英語がいささか独特だったがわかりやすく面白いものだった。だがネクロノミコンのことがどうしても心にあって彼の講義を受ける度そのことで思うのだった。現実にはないものをあると信じることは誰にでもあることだと。


ネクロノミコン   完


                  2021・9・15
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