第三章
[8]前話
「そしてです」
「最初から産まれなかった」
「そうされてです」
芭蕉は曾良に悲しい顔のまま話していった。
「お通夜もお葬式もなく」
「お墓もですね」
「何もなく。こっそりと弔われただけで」
まさにそれだけでというのだ。
「人知れず埋められます」
「そうなりますね」
「ですが産まれてです」
「生きていたことは事実で」
「そうした赤子の魂がです」
確かに産まれてこの世にあったそれがというのだ。
「彷徨いです、家に宿ったり」
「梟にもですか」
「宿ってです」
「ああした風にですか」
「昼でも鳴くのです」
「そうなのですね」
「家に憑けばその家に祟りが起こったりもします」
そうもなるというのだ。
「怨みと悲しみによって」
「そうですか」
「ですからその時は」
「たたりもっけに出会えば」
「あの様にです」
「供養することがですか」
「いいのです。悲しい想いをした魂は」
芭蕉はまだ悲しい顔だった、声もだ。だがそれでもそこには優しさも宿らせてそのうえで曾良に話した。
「供養して次の生にです」
「入るべきですね」
「来世では幸せに」
産まれてすぐに間引かれることなくというのだ。
「そうなってもらうことをです」
「願って」
「そうしてです」
「供養されましたか」
「そうしました、では」
「そうでしたか」
「出来ればこうしたことは起こるべきではないです」
産まれたばかりの赤子を間引く、そうしたことはというのだ。
「やはり、ですが」
「起こってしまったならですね」
「せめてまつろわなくなった魂を供養し」
「来世での幸せを願うことですね」
「そうです、ではです」
「それではですね」
「はい、またこうしたことがあれば」
その時はとだ、芭蕉は曾良に話した。
「そうしていきましょう」
「わかりました」
曾良は芭蕉のその言葉に頷いた、そうしてだった。
二人は蕎麦を食べ宿で休んだ、そのうえで旅を続け多くの句を残していった。俳人松尾芭蕉の知られざる話である。一人でも多くの人が知ってくれれば幸いである。
たたりもっけ 完
2021・8・17
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