第三百三十九話 帰り道その九
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「それを見ても宗教はね」
「倫理も教えてくれるわね」
「そうなんだよね、哲学にしても」
こちらもだ。
「宗教から生まれているしね」
「欧州の人がよく言うわね」
八条学園にも多くいる、もっと言えばイスラムの人もだ。
「哲学は何かっていうと」
「宗教からはじまっているってね」
「あっちではキリスト教ね」
「古代のギリシア哲学もあるけれど」
それでもだ。
「今のあちらの哲学は」
「キリスト教からよね」
「あそこは学問全体がそうだよ」
哲学に限らずだ。
「キリスト教つまり神学があって」
「そこからよね」
「哲学や法学や文学があるんだ」
「そうなってるのよね」
「キリスト教、神学が幹で」
そうしてだ。
「他の学問は枝だよ」
「それで哲学も」
「キリスト教に否定的な哲学もあるけれど」
マルクス主義みたいにだ、経済学だけれど哲学としても語られる。
「やっぱりね」
「否定的でもよね」
「キリスト教があって」
そしてだ。
「そのキリスト教にどうかだから」
「やっぱり影響は受けてるわね」
「それが欧州の学問でね」
「哲学もキリスト教から派生しているから」
「やっぱり倫理観はね」
欧州でもだ。
「まずはね」
「宗教からなのね」
「日本でも仏教や神道からだしね」
倫理観はだ。
「儒教も入ってるけれど」
「お侍さんは特にそうね」
「江戸時代のお侍さんは儒教を学んでいたから」
「あちらの考えね」
「まあ儒教は神様出ないけれどね」
ソ連崇拝はある、孔子は自分の学問では神様を語らなかった。とはいっても別に無神論でもなかったみたいだ。自分の学問に神という存在を入れなかっただけだろう。
「倫理にはね」
「なってるわね」
「中国は神様は道教だから」
こちらの教えになる。
「儒教で倫理を固めて」
「道教で神様を信じていたのね」
「仏教もあったしね」
中国にはだ。
「西遊記ではどっちも出てるし」
「神様も仏様も」
「孫悟空自身神様だし」
実はそうなっている。
「道教も倫理を言ってるけれどね、老荘思想だね」
「自然に生きろってことね」
「うん、ただ倫理観はね」
中国のそれはだ。
「儒教が強くて」
「日本のお侍さんもそうで」
「そして仏教や神道の考えもね」
「倫理観に入ってるわね」
「そうだよ」
これがだ。
「信奈さんでも実は神仏信じていたし」
「あの人なりに」
「それで倫理観もあったから」
実は民を惑わしている様な人物を許さなかった、そうしたインチキ坊主みたいなのを成敗した話もある。
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