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霊群の杜
かしまの噂
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茶がぬるめなのは、猫だからなのだろうかと奉に聞いた事があった。奴はとてもイラつく表情で『玉露だからだ、阿呆が』と吐き捨てた。…俺は、彼女は猫だから敢えてぬるめに淹れる玉露を選んだのだと思う。神社の境内は春の陽気で温まっているが、書の洞はまだ冬の気配だ。
「トロッコ問題か…」
ずん、と胸の奥が重くなった。

トロッコが全力で走ってきます。
その先に二股の分岐があり、あなたはトロッコの行先をスイッチで切り替えることが出来ます。
トロッコが本来向かっている線路の先では、五人、作業しています。
二つ目の線路の先では、一人、作業しています。

あなたが何もしなければ、
五人の作業員は暴走トロッコに激突されて死んでしまいます。
あなたがスイッチを切り替えたら
五人の作業員は助かりますが、一人の作業員は死んでしまいます。

あなたの行為によって。

「…俺は、五人の作業員を見殺しにしたのか」
あの男を死なせる事を拒否した。
女達は俺を見ていた。それがお前の回答か。と。
咎めるような目で。
俺はあの男を野放しにすることで、新たな犠牲者を生み出す手助けをしてしまったのかもしれない。
「そりゃ厳密には違うねぇ」
開いた本から目を離さず、茶菓子の要求でもするような声で、奉が云った。
「…違う?」
「お前如きに、一人の人間の生殺与奪を左右する権利があるとでも思ってんのかい?お前、何様?」
「ほんとカチンとくるなお前。じゃ、何なんだよこれは」


「生かすに一票、ってとこだ」


ここにきてようやく本を閉じ、奉は少し顔を上げた。口の端が、僅かに吊り上がった。
「昔からあるだろう。何か不吉な事が起こる際、不思議なわらべ歌が流行する、なんてのが。そりゃ、そのわらべ歌が凶兆だったってことだ。…かしまの噂は、悪い兆候を反映しやすい。どういうわけか」
「…だから、色々なバージョンがあるのか」
「不吉な事件ありきで、あとから派生するタイプのやつもあるけどな。で、今回の『かしま』はな」
住民投票に、使われたんだねぇ。そう云って奉は、煙色のレンズ越しに俺と目を合わせた。
「あの男は、この地の産土神を怒らせた。本来ならとっくに殺されていてもおかしくはないんだが、まぁ…気まぐれなのか、人の営みに自ら干渉することに躊躇いがあったのか、彼はどういうわけか、この地に住まう者達にゆだねることにしたんだろうねぇ」
薬袋を殺すか、否かを。
「俺は…『殺さない』に一票を投じたに過ぎない…ってことか」
不謹慎ではあるのかもしれない。しかし俺は、深く安堵していた。俺一人の判断で全てが決まるわけではないことに。連帯責任。これは連帯責任なんだ。…罪が分散された気がした。不覚にも。
「恐らく純粋な多数決ではない。かなり『殺す』側に有利な割合に調整さ
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