第三章
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「参拝に来た人達に及びましてや殿になると」
「許せませぬな」
「だからですな」
「こうした手を打ったのですな」
「左様、これでよし」
娘を彼女そのものである木にというのだ。
「もう心配はいらぬ」
「そうですか、それでは」
「もうこの木の心配はしないで」
「それで、ですか」
「ことを進めていこう」
こう言ってだった、住職は己の床に入って休み寺の僧達もそうした。以後この寺のたぶの木から娘が出ることはなかった。
この話を聞いてだった、当時都にいた芹沢鴨は思うところがあり暇を見て彦根に行った、そして共にいる者達に酒を飲みながら笑って話した。
「面白いな、木から娘が出て来て悪さをするなんて」
「確かに。しかしですぞ」
近藤勇は寺の縁側に腰を下ろして飲む芹沢の横に来て言った。
「若し藩主の方に何かしたら」
「もうその時はな」
芹沢は近藤にも酒を勧めつつ言った。
「こんな話じゃ済まなかったな」
「左様ですな」
「ああ、しかし木から娘の姿の精が出て来てな」
「悪さをするなぞ」
「面白いな、そう思ってここに来たんだ」
「我等を連れて」
「折角都にいるんだしな」
彦根の近くにいるからだというのだ。
「それでだよ」
「そうですか、しかし芹沢さん」
近藤はそのいかついと言っていい顔で芹沢のでっぷりとした顔を見つつ言った。
「我等は」
「都での勤めがあるか」
「それをおろそかにして」
「何、いつも働いても疲れて大事な時に動けん」
芹沢は笑って言った。
「だからな」
「飲みますか」
「近藤君も飲むか。折角これだけ見事でそのうえ面白い逸話もある木を見ているのだからな」
「芹沢さん、今日も酒が過ぎるのでは」
背の高い整った顔を持つ男が止めに入った、土方歳三である。芹沢や近藤よりも高い。
「そこまで酔っては」
「大丈夫だ、芹沢さんは風流だ」
新見錦、鋭い目をした彼が土方を止めた。
「無闇に暴れる方ではないぞ」
「そうだろうか」
「まあいいだろう、わし等も飲もう」
近藤がここでこう言った。芹沢の後ろにも近藤の後ろにもそれぞれ何人かいるが彼等も今は静かである。
「この木を見ながらな」
「そうするか」
「そら、皆杯を出して飲め」
芹沢は浪士隊の者全員に言った。
「これだけよい木だ、肴にしないのでは勿体ない」
「ですな、では今日は飲みましょう」
「明日も知れぬ我等、たまにはこうしたものを見て話を聞くのもよいわ」
芹沢は笑って飲んだ、そして飲んだ後で寺に来た子供達に木のことを面白おかしく話した。この木は今も彦根の清凉寺にある。江戸時代に開かれた寺であるが木と共に今も健在である。
たぶの木 完
2021・2
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