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剣の丘に花は咲く 
第五章 トリスタニアの休日
幕間 待つ女、待たない女
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わよ……月は二つでしょ?」

 空には満天の星空。数え切れないほどの星と……月が一つ。
 ジェシカが知る限り、空に浮かぶ月が一つであったことはない。ということは、これは夢だ。そう考えると辻褄が合う気がする。屋根裏部屋で寝ていた筈の自分が、いつの間にこんな見知らぬ草原にいることや、月が一つしかないことについて。
 
「夢……か。夢に見えないけど夢なのよね……月が一つしかないし」

 夢とわかれば、胸の奥にあった恐怖もいつの間にか消え去り、強い好奇心が表に出てくる。好奇心旺盛の猫のように、辺りを見渡しながら歩き始めた。空から降り注ぐ光は十分に強く、足元も覚束ないということはない。それをいいことに、ジェシカは夢の世界を楽しみ始めた。草原に咲く、見たことも無い花を見たり嗅いだり。誰もいない草原を駆け回ったり、ごろごろと転がり始めたり楽しんでいると、星明りが届かない奥から、何かが壊れる音が聞こえた。
 咄嗟に身を屈め、音が聞こえる方向に顔を向けたジェシカの前に、黒い塊が二つ闇の中から飛び出してきた。

「……ッッ!! な、にあれ?」

 ジェシカの前で、星明りの下に現れた黒い塊は二つ。

 一つは化物。
 形は人間に似ていた。
 手足の長さは常人の倍はある。指先からは、ナイフというよりも剣のようなものが伸びている。
 口は耳元まで裂け、ポッカリと開いた口から鈍く輝く鋭い牙が覗く。
 吸血鬼? 噂で聞いたことのある怪物の名前が浮かんだが、確信は出来ない。

 一つは騎士。
 一つしかない月の下、黒と白の剣を両手に持った騎士。
 赤い外套を翻し、黒い甲冑を月光で煌めかせ、化物の腕や足、爪を躱している。
 淀みなく流れるよな動きで化物の攻撃を避ける姿は、まるで化物と踊っているかのようだ。


 
 夢だと考えていた。
 どんなに現実味を帯びていたとしても、こんなところで寝ていた記憶はないし、空には月が一つしかない。
 だから夢だと思っていた。
 だけど……。 
 


「オオオオオオオオォォォッッ!!」

 騎士が両手に持つ剣を、同時に斜めに振り抜く。

 ――グオオオッ!!!――

 化物は片手を犠牲にし、剣の下から逃れると、騎士から距離を取るため右に飛ぶ。
 騎士は振り下ろした剣を手放すと、逃げる化物を追って地面を蹴る。
 向かってくる騎士の手に剣がないことに気付いた化物は、草を地面ごと巻き上げながら着地すると、向かってくる騎士に向け自分から飛びかかった。

「ハアッ!!」

 ――ッ?! ゴオオアッ!!――

 やり投げの選手のように大きく振りかぶり、自らの腕を槍と化して突き出して来る化物の攻撃を、騎士は何時の間にか取り出した黒と白の双剣の内、黒の剣で逸らすと、白の剣で掬い
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