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ユア・ブラッド・マイン―鬼と煉獄のカタストロフ―
episode17『来年の事を言えば鬼が笑う』
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い記憶だ。

「でもね。その時、貴方の顔が見えたの」

「……僕の顔?」

「そう」

 この世の地獄と例えても差し支えないほどの苦痛の中、そこから逃げ出すために救いを求めて辺りを見渡した時に目に入った、逢魔シンの表情。
 自分では見えないのだから当たり前といえば当たり前なのだが、その時の自分がどんな顔をしていたのかは、流石に覚えていない。記憶は曖昧だが、あまり良い顔はしていなかったんじゃなかっただろうか。

「その時の私より、きっと酷い顔だったよ。その時の逢魔君は、もうすぐにでも死んじゃうんじゃないかってくらいに……何ていうのかな。“光”が、残ってなかった」

「ひかり、が」

「うん。その時はやっぱりそれどころじゃなかったけど、後になってようやく思い出したの。やっぱり、あの時の私の勘は間違ってなかったんだなって」

「……勘?」

 そう問い返したシンに、彼女はこくりと頷く。

「あなたが、どうしようもないくらい、“助けて”っていう顔を、してるように見えたの」

「――、ぁ」

 思い返してみれば、あの鮮烈な光景ばっかりが脳裏に焼き付いていて、それ以外の記憶がさほど残ってはいない。或いは当時の自分にそれほど余裕がなかった、とも言い換えられるかもしれない。とにかく早く契約して、己の世界から逃げ出してしまいたかった。

 あぁ、そうだ、確かに、彼女は。
 ヨシカは、契約の直前に、シンへ言っていた。

 “――私、頑張る”

 “――頑張って、助けるからね”

 そうだ、彼女は、あの時からずっと。
 シンを救おうとしていたのだ。

「ごめんなさい、あなたを、助けてあげられなくって。」

「ぁ、あ……っ」

「――あなたを、助けられる人と出会えて、良かった」

 まだ、彼女はヒナミの事を知らない筈だ。シンとヒナミの契約の事はどこにも公表されておらず、その事実を知るのは二人の他には智代と白崎夫妻程度のものだ。

 しかし彼女は、確かにヒナミを見つめていた。シンの世界が既にヒナミの中へと納まったことを、確信しているような視線だった。
 そこまで考えて気付く、彼女に感じていた不思議な既視感の要因が、はっきりと解消する。

 あの時、シンとヒナミが言の葉を交わした精神の世界。“もう終わらせてほしい”と願うシンの下に募った兄弟たちの思念。彼の生きる未来を願うそれらの奥で一つ微かに見えた、か細い影。

「あの、時の」

「――。」

 きっと彼女も、シンの世界の臨界地点に立ち会っていたのだ。
 遠くに離れてしまっていても、あれほどに傷ついた後でも、この広くて、しかしあんまりにも狭い病室(せかい)の中から。

 折れかけた逢魔シンの背を押していたのだ。


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