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幻の旋律
第六話 美的感受性を求めて
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は賢治に興味を持ち始めていた。

「あなたの言うその・・数学をする上で大事なことは一体何なの?」
「それは・・一言で言うと「情緒」だと思う・・」
「何?情緒・・」
このとき幸代は、はっとした。
「知能がいくら高くても新し物は生まれない、与えられた難問を解くだけだよ。この学校の有名大学に進学した卒業生の連中もそうだろ・・受験勉強しかしていない・・今この日本の受験体制こそが間違っている。もっと情操教育をやるべきだ!だからこそこの情緒こそが大切なんだよ。俺も幼い頃、大自然の中で誰かに教わった気がするんだ・・」
「では・・あなたが言っているその情緒とは何なの・・」
幸代は真剣に質問した。

「それは・・
道端に咲いている一輪の花を美しいと思う心だ・・」

幸代は、その言葉に痺れた。
「あなたの口からそんなことが聴けるわけ
やはり・・あなたは・・いかれてるわね・・・」
「ああ、俺の発想はいかれている!でもその、いかれてるこそが俺にとっての最高の誉め言葉だぜ!俺は今でもそれを探究してる・・・」
「え!先生、何処にそんな時間あるの、生徒の事、ほったらかしだからね・・」
幸代ため息をついて言った。
「もう一度、本気でピアノやってみたら。」
「無理だよ。教員やってるから、鍵盤に向かう時間なんかそうはとれないよ・」
「数学は紙と鉛筆があればいいとは言われてるが、俺の場合な、紙を使わない。想像すればいい・・音楽だって同じだよ・・ピアノがなくても、別にいいんじゃないの・・砂浜で、波や風の音を聴き・・・音を感じるのだ・・ただそれだけでいいのじゃないの・・・」
幸代は、真剣な顔になった。

「だいち俺たちは、それぞれの分野において、専門的にやってきてるし。だから、その専門性を維持していかなくては・・仕事ばかりでは人生はつまらないよ!」

「この人何なの。音楽を理解してるの・・
イメージ・・ただ、演奏技術、私の指の早さは誰にも負けない・・
日本最速だったわ・・・
私は難解な曲を弾いてきたわ・・でも一流にはなれなかったのよ。
それは、イメージ、情緒性がなかったからからなのか・・」

「音楽は数学とは違うのよ・・音楽を素人のあなたが偉そうに語らないで!」
そう言い残し、幸代は、怒って帰ってしまった。

「仕事だけの自分、音楽教員としてのピアノ演奏・・何だかつまらないな。
現役時代の熱い思い・・今では失ってしまったわ・・
熱かったあの青春時代が懐かしいわ・・」
幸代は、人生で最も輝いていた時代を思い出していた。

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