第一章
[2]次話
風呂の中の石
有馬の古い話である。
そこにある温泉宿の一つで噂が出ていた。
「ほう、お湯の中からですか」
「誰もおらへんのにです」
大坂の上本町の方のある寺で檀家の藤兵衛が住職の想念に話していた、藤兵衛は湯治が好きで大坂で商いをしつつそちらを楽しんでいるのだ。眉が太く髷を奇麗に整えている、髭の剃った跡が青々としている。
「それがです」
「声が聞こえる」
「幽霊が入っているのか狐か狸が入っているのか」
「そうですか」
「今言われています」
有馬の方ではというのだ。
「そうなっています」
「そうですか」
「はい、おもろい話ですね」
「確かに。しかしそうしたお話が温泉で出ていると」
どうかとだ、想念は言った。面長の初老の僧侶で寺の住職になって随分と経つ。日々学問と修行に励み落ち着いた人物として知られている。
「宿の方もです」
「困りますか」
「はい」
そうだと言うのだった。
「左様ですね」
「やっぱり客も気味悪がりまして」
藤兵衛も想念にこのことを話した。
「そのことは」
「やはりそうですね」
「来ない客もいて」
そしてというのだ。
「興味本位で、です」
「宿に行く人もですか」
「います」
「両方ですか」
「よくも悪くも話題になっています」
「客足は減ったとも増えたとも言えませんか」
「そうみたいです、ただそうしたことがです」
温泉の中から声が聞こえることがというのだ。
「話になってます」
「有馬の方で」
「そうです」
「そうですか、ではです」
ここまで聞いてだ、想念は藤兵衛に話した。
「拙僧も有馬の方に行って」
「そしてですか」
「ことの次第を確かめて」
そしてというのだ。
「悪いものならです」
「住職さんがですか」
「祓いましょう」
「そうしますか」
「悪霊や心の悪いあやかしを祓うのも僧の務め」
「だからですか」
「はい、寺のことは弟子に任せ」
副住職である彼がというのだ。
「そしてです」
「そのうえで、ですか」
「有馬に行きます」
「それでは」
藤兵衛は想念の言葉に頷いた、そうしてだった。
想念は実際に上本町から有馬の方に向かった、寺は副住職に任せてそのうえで旅立って有馬のその宿に入り主から話を聞いた。
主である中年の男はこう彼に話した。
「これが何時声がするか」
「わかりませんか」
「はい」
そうだというのだ。
「どうも」
「そうなのですか」
「宿の者は声を聞いていますが」
「どういった声ですか」
「中年の男の声で。いい湯だとか気持ちがいいとか」
「そうした声ですか」
「はい、出てくる声は。ですが温泉の方を見ても」
そうしてもというのだ。
[2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ