第一章
[2]次話
負われ坂
大坂の河内の南にある話である、ここには負われ坂という坂がある。この坂を夜通ると不思議なことがあった。
「あんたも会ったんかいな」
「そや、あの坂を夜通ったけどな」
その時にというのだ。
「負われよか負われよかってな」
「声がしたんやな」
「それがえらく薄気味悪くてな」
それでというのだ。
「すぐに走って帰ったわ」
「そうしたんやな」
「ほんま薄気味悪うてな」
それでというのだ。
「あそこは夜行きたくないわ」
「そやな、昼は何もないしな」
「夜は通ったらあかんな」
「何があるかわからんからな」
「そうせんとな」
こうした話をしていた、その話をだ。
聞いた大坂で塾を開いている元は浪人だった池田十五朗という者が興味を持って言った。
「一体何かこの目で確かめるか」
「その負われ坂のことをかいな」
「そうするんかいな」
「そや、果たして鬼が出るか蛇が出るか」
池田は笑って言った、髷を奇麗に整えていて面長の顔は白い。髭は奇麗に剃っていて目は細く背筋はしっかりしている。細い身体だが体格はしっかりしている。
「それをな」
「見に行くんやな」
「そしてな」
そのうえでというのだ。
「果たしてあそこに何があるか」
「確かめるか」
「その目で」
「そうするわ」
こう言ってだ、池田は早速その負われ坂の方に向かった。塾はその間は代わりにしてくれる者がいたので任せた。
そしてその負われ坂の傍まで来ると地元の者にその坂のことを詳しく尋ねた。
「ほんまに声がするんですか」
「はい、これがです」
若く恰幅のいい二郎という男が池田に話した。
「夜のあの坂に行きますと」
「負われよか負われよかと」
「声がしますか」
「そうです、ただこれといってです」
「声がするだけで」
「何もないです」
こう言うのだった。
「別に」
「そうですか」
「そやけどこれがえらい不気味で」
「それはわかります、夜にそんな声が急に聞こえたら」
それこそとだ、池田は二郎に答えた。
「そんな怖いことはないです」
「そうです、ほんまに何なのか」
「それがですね」
「わからんでこの辺りのモンは皆気持ち悪がってます」
「そうですか、その話を確かめにここに来ましたけど」
池田は二郎に自分のことを話した。
「わても実際にです」
「坂に言ってですか」
「それで、です」
そのうえでというのだ。
「声を聞いてその声の主が何なのか」
「確かめますか」
「そうします」
実際にというのだ。
「そうします」
「そうされますか」
「もう侍やないので刀は持ってませんが」
それでもとだ、池田は笑って話した。
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