暁 〜小説投稿サイト〜
ゾンビ株式〜パンデミックはおきましたが株式相場は上々です〜
A 緊急事態宣言
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「早く仕事に戻るんだ」。
「仕事に……?」
 彼女はふらふらと立ち上がる。呼吸ができない。気持ち悪い。オフィス内に空気が少ない気がする。吐きそうになっているのか? とにかく、新鮮な空気を吸わなきゃ……。氷川がふらふらと立ち上がり窓を開けた時、煙の臭いでむせ返る。彼女が眼下に見たのは、マンションのエントランスに突っ込んで横転した救急車だった。スピーカーが車体からもげているが、赤いサイレンは延々と回転を続けている。彼女は、エレベーターを停止させた衝撃が何なのかやっと理解した。
「警察……警察を」
「警察は来ない」
 蕪山がぴしゃりと言った。話しながらも、キーボードをたたく手は停めないし、画面に視線は釘付けだ。
「接触感染するウィルスだよ。公権力は無力化された。今稼働しているインフラも時間の問題だろう。わが社の回線は地下から引っ張っているし、電気はERにあるような非常用バッテリーがある。一週間はパソコン・電話の心配はない」
「ウィルス? 回線? バッテリー?」
「そうだ。だからいつまでもごちゃごちゃ言ってないで手を動かせ! 警備会社、消費財化学メーカー、医療系銘柄をとにかく買って買って買いまくるんだ!」
 氷川は蕪山から後退りする。横転した救急車は衝撃的だったが、それ以上の何かを見てしまった気がした。彼女は携帯電話を充電しておかなかったこと悔やんだ。彼女は蕪山の視線がパソコンに向いているうちに、走り出した。背後から待て! と声が聞こえる。しかし人間版ジャバ・ザ・ハットでは、とても氷川には追い付けない。
 氷川が営業所のドアを開けて廊下に転がり出た時、何かと正面衝突した。前から誰かが来るなんて思っていなかった氷川は、相手を跳ね飛ばすと同時に自分も尻もちをついた。慌ててごめんなさいと口にする。
大の字になって倒れた男性の動きがおかしい。
 まるで宙から垂らされた糸が、彼の両肩を吊り上げるようにして、体を起こす。白濁した眼光、崩れたネクタイ、白いワイシャツが脇腹の部分を中心に朱に染まっている。顔面に浮き出た紫色の血管が、その人物が生きていないことを主張している。
「だ、だいじょうぶ、ですか……?」
 男性がうめき声で返事をすると、這いずりながら氷川の足を掴んだ。万力で締め付けられるような力に、氷川の体が硬直する。
 

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