這いずる女 後編
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助手席に乗るのは久しぶりだった。
仕事がたまたま休みだった母に頼み込んで、僕たちは養老院という老人ホームに向かっている。電話で祖母の安否の確認は済んでいたが、会わない事には釈然としない気持ちがあったのだ。
「あんたおばあちゃん子だったっけ」
母の言葉には毒っ気が一切なかった。それが意外だった。
だが、それは僕の心情の変化と同じことなのかもしれない。三年間ほとんど家に帰らないと、当時あったような家への苦手意識は薄れていたし、母の祖母への感情も時間によって漂白されつつあるのかもしれない。
養老院は「戸吹」という町にあって、ここには大規模なごみ焼却所が存在する。どこの市にも、市内にはこういう施設があって、人が来ない辺鄙な場所に設けられているものなのだ。ごみ焼却炉と老人ホームが近い位置関係にあるというのは、なんだか皮肉なことに思えた。鬱蒼と茂った木々の向こうに、巨大な煙突の姿が見える。地表という皮膚から飛び出た骨の様だった。
「よく来るの?」
母がろくにカーナビも見ずに運転していくことに驚いた。母は呆れたように、「寝巻とかシーズン毎に持ってかないといけないのよ」と言った。そういった雑務を親族に手伝わせるのは、養老院が姥捨て山とならないための、最後の抵抗なのかもしれない。
森の中に急に現れた鉄門を抜けると、煉瓦を模したタイルの建物が急に現われた。正面から見ると立派な建物だったが、駐車場のある裏に回ると、ところどころに修繕の行き届いていないところがあった。特に貯水槽と給水ポンプは、いつ作られたのか分からない年代物に思えた。
受付を済ませ、エレベーターに乗ろうとしたとき、入れ替わりでおりてきた車いすのご老人を見てぎょっとした。何度もここにきている母は慣れたものだったが、普段大学生に囲まれている僕には刺激が強かった。エレベーターの中はやたら大きく、稼働音も大きかったため、二人で乗っていると不安になった。だがこれについても母は無感動だった。
エレベーターを降りるとすぐにホールがあり、そこは老人の放つ妙なにおいで充満していた。丁度テレビの時間らしく、枯れたひまわりのような禿頭が同じ方向を向いている。テレビを視聴している人が半分、もう半分はそっちの方向に向けておかれているという状態だ。
あ! 母が急に高い声を出したが、一顧だにする老人はいなかった。かわりに若い女性の職員がパタパタと近寄ってきた。母と懇意にしているSさんという人の様だった。母は毛糸のカーディガンを職員に渡す。
「最近急に寒くなってきたから」
「わざわざありがとうございます。今朝はちょっと調子が悪くて」
職員に連れていかれた部屋に、おばあちゃんはいた。僕は息を飲んだ。つい、声を絞るようにして。
おばあちゃんは椿の寝巻を着て、ベッドに伏せていた。
職員が声をかけ
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