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バリヨン
第一章

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                バリヨン
 明治になったから暫く経った頃の話である、新潟県に奇妙な話があった。
「バリヨンとか」
「はい、叫んできてです」
 泉鏡花は師である尾崎紅葉に話した。
「そうしていきなり背中に飛び乗ってきます」
「あれか」
 尾崎は弟子のその話を聞いて言った。
「おんぶお化けか」
「それに近いと思いますね」
「聞く限りだとな」
 こう泉に答えた。
「そう思う」
「私も最初はそう思いましたが」
「違うのか」
「これが頭にかじりついてきて」 
 そうしてというのだ。
「苦しくて息が出来なくなるそうです」
「人食いの妖怪か」
「いえ、食いはしませんが」
 泉はそれはないと答えた。
「しかしです」
「それでもか」
「幾ら振り離そうとしても離れず」
「かじりついたままか」
「夜中に暗い小道を歩いていると出るそうで」
「何かした帰り道だな」 
 尾崎は夜にそうした道を通るのはどういった状況かと考えて述べた。
「夜にふらふらと歩く者もそうはいない」
「そうです、大抵は帰り道で」
 泉もそうだと答えた。
「そこで、です」
「襲い掛かって来るか」
「バリヨンと言って」
「そうか、それでそのバリヨンは越後いや新潟の方言か」
「その辺りの、私は石川の生まれで」
 泉はここで自分の生まれのことも話した。
「新潟の話も入りまして」
「それで聞いた話でか」
「はい、それでこのバリヨンは師匠が言われる通り方言です」
「新潟のだな」
「左様です、あちらの」
 泉もそうだと答えた。
「負われたいという意味です」
「背中にか」
「左様です、それで背負われるとです」
 尾崎にあらためて話した。
「もうどうしても離れず」
「それでか」
「仕方なくそのまま家に帰る破目になります」
「かじられたままか」
「そうなります、それで家に帰り」 
 そしてというのだ。
「背中を見ますと」
「どうなっている」
「これがいなくなっていて」
 そうしてというのだ。
「その代わりに小判、それも数えきれぬまでのものになっていて」
「ほう、かじりついて離れなかったものがか」
「そうなっていまして」
「その小判がだな」
「背中からざらざらと落ちて」
 そしてというのだ。
「かじりついていた者の財産となります」
「それは面白い話だな」
「左様ですね」
「私も聞いてそう思った」
 尾崎は着物の袖の中で腕を組み泉に答えた、口髭を生やしたやや面長で黒髪を丁寧に整えた端正な顔である。
「実にな」
「私もです」
 泉も言った、細面で眼鏡が似合う顔である。やはり彼も着物を着ている。
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