春谷舞は愚痴りたい
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慎次様は風鳴家の長女……風鳴翼の護衛役を任命された。
相手はまだ年端もいかない少女。
この時、既に密かに慎次様への淡い想いを抱いていた私は、大したことはないと安心していた。
慎次様にとっての彼女は、立場が同等どころかむしろ上なのだ。同じ忍として弁えるだろうと、芽唯は予想した。
……その”油断“が失策だった。
それから慎次様と私は高校を卒業し、大学を経て、そして社会人となった。
配属は特異災害対策起動部二課、調査部。風鳴家によって組織された諜報機関、風鳴機関を前身とした、この国を特異災害による超常の危機から護る組織である。
主な職務は、司令官である風鳴弦十郎の懐刀とまでなった慎次の補佐。
緒川忍軍の一員として、そして慎次様へ恋をする一人の女として。これほどの天職はない。
未だ打ち明けられぬ想いを抱きながら、私は二課のため、緒川の為、風鳴のため。
慎次様のため、働き続けて。
一方で慎次様は、トップアーティストへと華々しい成長を遂げた翼お嬢様のマネージャーをも兼ねていた。
二課の諜報員と、翼お嬢様の身の回りの世話役兼護衛の両立。慎次様でなくては到底務まらない激務だ。
自然と私とも、昔ほどは顔も合わせる機会も多くはなくなった。
いいや、だからこそ。気がついてしまったのだ。
慎次様のお嬢様を見る目に……幼い頃から見てきた、兄的存在以上の色があることに。
衝撃だった。驚愕だった。
よもやあの、本人に言わせれば目立たない、あえて言うならば皆平等に、同じように接する慎次様が。
よりによって、守るべき存在であり、仕える相手である風鳴の娘に心を寄せるとは。
無論のこと、慎次がそう心の内を他人に悟らせる訳はない。ひょっとしたら、本人も自覚なされていなかったのかもしれない。
これは私がずっと、慎次様を見ていたからこそ、本能的に理解できてしまった感情だ。
大いに動揺もしたし狼狽えもした。まさかこんなことになるなんて、と。
恐るるに足りないと思っていた小娘に、想い人は心を奪われていた。
こう綴ると聞こえが悪いが、とにかく二十年近く想いを暖めていた私にはそれくらいのインパクトがあった。
同時に少し、安心もした。
相手は風鳴の血筋。何世代も続いた上下関係は、そう簡単には越えられない。
だからいっそのこと、これを機会に私は……と考えて。
けれど、その思考はそこまでで消えた。
自分は知っているはずだ。立場の違いによって告げられない事のもどかしさを。
自分は知っているはずだ。長く共にいるからこそ育まれる気持ちが存在する事を。
自分は、知っているはずだ。
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