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剣の丘に花は咲く 
第五章 トリスタニアの休日
第四話 魅惑の妖精
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 ジェシカを追って店から飛び出してから随分と時間が過ぎていたため、士郎が店の前に辿りついた時には、『魅惑の妖精』亭は既に閉まっていた。
 鍵が掛かっているだろうと思いながらも手を伸ばしてみると、予想に反して扉には鍵がかかっていない。微かに首を傾げるが、扉の向こうに人の気配を感じ取り、士郎は思わず口元に浮かぼうとする苦笑いを抑えながら扉を開け。そして、明かりが落ちた店の中、空のグラスを片手に座り込むスカロンと対面した。

「ジェシカちゃん!」

 扉の前で佇むこちらに気が付いたスカロンは、静まり返った店内に椅子が倒れる音を響かせながら立ち上がると、士郎に向かってその丸太の様な両腕を広げながら迫ってくる。迫り来る肉の壁に思わず背筋が泡立ち、逃げるための道を探すが見つからない。そうこうする間にスカロンはもう目の前。刹那の思考の中、蹴り倒すか? という意見も出たが、ぐっと唇を噛み耐える。
 背中にいるジェシカを抱え直し、諦めたような笑みを浮かべた。
 親が子を心配しての行動だ。
 少し……まあ、ほどほど……必死に我慢するか。
 背中にいるジェシカを士郎ごと抱きしめようとするスカロンを蹴りつけようとする足を必死に押さえつける。飢えた獣が肉に齧り付くようにその両腕が閉じようとし。

「すまん、やっぱ無理だ」

 逃げれないならばせめて接触を少なくしようと、士郎は体を回転させる。

「ふぎゃっ!!」
「……すまんジェシカ」
「あら?」

 士郎の背中で眠っていたジェシカは、士郎とスカロンに挟まれた衝撃で、潰された猫のような悲鳴を上げた。ジェシカを心配するついでに、士郎の固く逞しい肉体の感触を味わおうとしたスカロンだったが、思いがけない柔らかな感触に目線を下ろし。

「ジェシカちゃんじゃない? 心配したわよ」

 小首を傾げる仕草は可愛らしいが、やってる者はその全くの真逆の存在のスカロンは、全然心配していない声をジェシカにかける。暑苦しく男臭いものを押し付けられるという最悪の目覚めで意識を取り戻したジェシカは、頭上からかけられる声に不機嫌を隠そうとしない声と顔を向けた。

「へ〜、そ〜なんですか〜」
「もうっ、そんな顔しないでよ。心配してたのは本当なんだから」
「それは……わかってるけど」

 不貞腐れるように頬を膨らませるジェシカの頬をつつきながら、慈母の如き微笑みを浮かべるスカロン。本当に心配していたことを知っているジェシカには、心配を掛けるような行動をした自分が悪いと理解していることから、文句を言おうにも言えなかった。

「ふんっ……ごめん」
「ふふ……まあいいわ。……もう遅いから早く寝ましょ。ふぁ〜……わたしももう寝るからね、お休み」
「……うん……お休み」




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