陰火
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俺になにか粘つくねぎらいの言葉を掛けて欲しいのか」
「御免蒙る」
ふてぶてしさの化身のようなこの男は、読んでいた本を伏せ、椅子の背もたれに精一杯よりかかって伸びをした。数カ月前に新調した椅子は、リクライニング機能に優れているタイプだったらしい。
「陰火にでも、逢ったのか」
陰火?と問い返そうとして、ふと思いあたった。奉のいう『陰火』というのは恐らく、俺達が先程桜の枝先で見かけた白い靄のことだろう。
「何で分かった?」
「ついて来てるからだよ」
「へ!?」
ばっと後ろを振り返る。洞の暗がり以外には何も見えないが…いや、いつもより少し明るいような…?
「後ろじゃねぇよ。肩に」
「!?なにこれ!?」
どうも視界がちらちらすると思ったら、肩にさっきの白い靄を砕いたような光が散らばっていた。奉が『陰火』といった通り、
近くで見ると蝋燭の火のようだ。
「なっ、わっ…熱っ!!」
即、肩の陰火を乱暴に払うと、それは一瞬だけパッと伸びあがってすぐに消えた。
「熱いわけないだろうが馬鹿め」
奉は伸びたままの姿勢でくつくつと笑った。この男と数カ月振りに会って、今のところイラつきしか感じていない。
「そいつは厳密には火じゃないからねぇ。もっと知られた言葉で云や、鬼火ってやつだ。死体から染み出た燐が原因だとか、色々と納得したがる輩もいるがまぁ…火によく似た形の、何かだねぇ」
「じゃ、何なんだよ陰火ってのは。お前は知ってんだろ?」
「いや…」
火が『陽火』。火と似て非なるものの総称が『陰火』なんだよ。そう云って奉は実に面倒くさそうに背を丸めた。
「だからその似て非なるものってのは」
「あのな…火に似てるけど火じゃないものなんて、いくらでもあるだろう。さっきの死体から染み出た燐がどうにかなった奴も、陽炎も、ホログラムで再現された炎だって『陰火』と云っても間違いじゃない」
「え!?そんなのも!?」
「だからキリがないんだよねぇ、陰火を定義づけようっても。そういう面倒なのは、そういうのが好きな奴らに任せりゃいい」
「お前といい親父といい…住処の周りに変なものが沸いてるのに、なんでそんなに無関心なんだ?」
盛大にため息をつこうと息を吸い込んだ時、ふわりと温かい湯気が鼻腔を満たした。横合いから滑り込んだ白い手が、温かい緑茶と銅鑼焼きが乗った小さな盆を、俺の目の前に置いたのだ。ざらついた気持ちが不意にすべっすべにされた。思えば俺はきじとらさんが差し出してくれる茶が楽しみで、ここに通っていたようなものなのだ。
「そう云うけどな…陰火にまつわる妖ってな、ものすごく多いんだよ。莫大なんだよ。河童や狐狸の妖なんか比にならんくらいにねぇ。何なら結貴、狐火って聞いた事あるだろう?幽霊画の背景にも必ず人魂が居るだろう?陰火の妖そのものに加え、そういう添え物的
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