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霊群の杜
陰火
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く八重桜のはずだ。そしてそれはこんな「白い花」をつけない。ここの桜は特に毎年、はっとするほど鮮明な、薄紅色だ。
じゃあ今も見えてるあの花は…?いや、これ本当に花か…?俺が「花を見た」と思っていたのは、枝を覆う「白い何か」を遠目に花と見做しただけのことだったのではないのか…?
「あれ、花じゃなさそうだな」
「分かってるよちょっと黙ってくれ」
「お前さっき桜がどうとか云ってただろうが」
「うるさいよ悪かったよ!分かったから黙っててくれ!」
「わー、結貴くんてパパさんにはぞんざいなんだー」
「黙っ…いや、縁ちゃん。親父連れて山を降りてくれるか」
無邪気に話を混ぜっ返す縁ちゃんに親父を押し付けようとしたが、親父は微動だにせずに頭上の「花」を睨み続けている。…何、睨んでいるんだ。苛立ちに指先が震えた。親父が居なければ、俺一人なら鎌鼬で散らせるのに。
「…降りろって。親父が居たって何も出来ないだろ!」
自分でも驚く程、きつい声が出て俺自身が一瞬引いた。うわ、俺いま凄く厭な事を云った。
「…居たって何も…」
思わず小声で自分の台詞をなぞる。自分の言葉を正当化するように。…親父は汚れた帽子を深めに被り直し、すっと視線を下げた。
「そりゃ俺もお前も同じだろう。何で俺だけ山を降りるんだ」
「………それは」


「あれが出るのは、初めてじゃないよ」


白い靄から目は離さず、だがこともなげに親父は呟いた。
「あれはそう悪い質のものじゃない。こちらから何もしなければ害はないよ」
晩飯の話でもするような口調。
「あれ、何なんだ。親父」
「知らん」
……えぇ!?
「あれを知ることも、どうにかすることも俺の仕事じゃないもの」
てことは何か、親父はなんだか分からない物に遭い続け、スルーし続けてきたのか?
「だって…気にならないのか?あれが何なのか」
「そういうとこだよ…」
お前がこの仕事に向いてない、と思うのは。親父はそう呟いて、こともなげに妖しい靄の下をゆるゆると歩き続ける。
「向いてなくて結構だよ。でもあんなの放っておいて、何かやばいことになったらどうするの?」
我ながら口調が冷たくなっている。
向いてない、と断言されたことに、些かカチンときていた。俺は親父の仕事を継げないんじゃない、継がないんだ。そう思っていたのだ。俺が親父に継がないと宣言して、特に継ぐことを強要されたこともなかったから、親父が『向いてない』と思っていたなんて考えたこともなかった。…後継として勤めている、遠縁の『榊さん』の、ひたむきなような無関心なような横顔を思い出す。俺は勿論、彼があとを継ぐことに納得していたけれど、もし俺の気が変わって『やっぱ継ぐ』と云い始めたら、親父は喜々として俺を育て始めるのかもしれない…そんなことは絶対にしないが…などとぼんや
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