八百字小説
[8]前話 前書き
しまった、教科書忘れた。高橋がそれに気づいたのは休み時間が終了する二分前。今から借りに行けば確実に授業に遅れる。今日の授業は諦めよう。
高橋の、空白の五十分が生まれた瞬間だった。
さて、何をしようか。高橋の席は最前列、教卓の真ん前だ。他教科の予習も切羽詰まっていたが、教科書とノートを広げる必要のある予習は、高橋の席ではあまりにもリスクが高い。例えるなら、ライブの最前列アリーナ席でカップラーメンをすするようなものだ。??絶対に、怒られる。
ふむ、と思案する高橋。チャイムが鳴り響き学級委員の号令に合わせて教師に頭を下げる。幸いにも、今日の授業で当たることはなさそうだ。短絡的な当て方を鼻で笑うこともあったが、こういう時にはありがたい。高橋には、一つ思い当たることがあった。
小説だ。
SNS上で話題になっていた、小説の練習方法。その名も「八百字チャレンジ」。八百字以内のショートショートストーリーを毎日書く、というものだ。文章記述が必須となった昨今の入試情勢に加え、文芸部員として精力的に活動している高橋に、文章力の上達は目下の課題であった。そのため、高橋もその「八百字チャレンジ」に挑戦中だ。
よし、書こう。要らない紙なら複数枚ある。何とも都合の良いことに、マス目付きのものも。これなら字数も数えやすい。そうと決まれば、まずはプロットだ。プロットとは小説の設計図のようなものだと。ノートの端っこに大体の話の流れをメモする。短編ならプロ作家はプロットを作らない、とどこかで見たような気もするが、高橋はどれほど短い文章でもプロットは作るべきだと思っていた。
そうだな……例えば現状を小説化して僕の執筆プロセスを記録しておくのはどうだろう? さすがに本名は出せないので適当な偽名を当てて、教科書を忘れたところから始まる800字の小説。
そうと決まれば、高橋の筆の進みは早かった。
誤算と言えば、自分の執筆スタイルがあまりにも淡々としていて、たいして面白くもない文章になってしまったことだろうか。
例えばほら、あなたが今読んでいるこの文章のように。
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