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ボロディンJr奮戦記〜ある銀河の戦いの記録〜
第53話 揺籠期は終わった
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されるべきだ。リンチの部下に瑕疵があるとすれば、それはリンチの作戦に異議を唱えなかったこと、その命令が軍憲章に反することを指摘しなかったことだ。だが一戦艦の艦長や乗組員にどうしてそれが出来ようか。まして軍作戦と全く関係のない彼女や彼女の母に、いったいどんな非難に値する罪などあろうか。

「自分の考えた作戦なり下した命令が、多くの将兵の生死を分け、その家族の心に重荷をかける事を考えれば、どれだけ考えを尽くしても考え過ぎるということはなく、それを任務とする一介の参謀の労苦などそれに比べれば些細なことに過ぎない」

 どんな作戦でも犠牲者は少なからず出る。敗北すればそれは大きくなる。戦争がゲームなら、かかっているチップは人命だ。それは数字であるが、その数字には積み重ねてきた過去と家族がある。戦略目標を達成するための犠牲をいかに減らすか。彼女がいうように狂気に見えようとも、軍の命令上位者は前線だろうが後方だろうが常にそれを考えているべきなのだ。

「リンチ少将閣下もそれは理解していた。少なくともケリム星域第七一警備艦隊司令官の時は。だが理解していても、人は危機に陥った時、自らの生存本能に思考を引き摺られ理解していることを忘れてしまう。一般市民ならそれでもいいだろう。だが少なくとも市民を守るために武力を行使する立場の自由惑星同盟軍の軍人はそうあるべきではない」

 俺がそこまで言いきり口を閉ざしてブライトウェル嬢を見ると、嬢もまた口を一文字にして俺を見つめている。その瞳はこの司令部で初めて会った時のような冷たい厭世感漂うものではなかった。かつてケリムで戦う時に見せたリンチの、戦意と自らの信念に誇りを持っていた時の、熱い情熱的な瞳だった。

「君には俺が狂人に見えることがあるかもしれないし、事実他の軍人から見れば狂人そのものかもしれないが、まぁそういう信念の持ち主だと理解してほしい」
「理解しました」
 彼女は歴戦の下士官のように自信に溢れた、若造の士官を叱咤するように敬礼した後、さらに俺に言った。
「ですので、今後ボロディン少佐殿が徹夜される際は夕刻までに私まで必ずご連絡ください」
「え? なんで?」
 俺が全く関係ない返答に戸惑っていると、電子レンジがチーンと鳴り、温め中の戦闘糧食が自動的にスライドしてきて、キッチンにハンバーグの匂いを漂わせる。その音に一度ブライトウェル嬢は視線を動かした後、俺に向き直っていった。

「兵員二四万名の命を預かる少佐殿の平時の朝食が戦闘糧食などというのは、司令部軍属としての任務を十全に果たしていないことになりますので」

 そう言うとかなり熱くなった戦闘糧食を彼女は俺に差し出した。その顔はケリムの司令官官舎で会った時の彼女の笑顔そのものだった。

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