逆さ屏風
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「―――俺が悪かったよ。悪いのは俺だよ。そんなのは分かってるし、しろってなら土下座して謝るよ。だけど子供に罪はないだろ!?こんな悪ふざけで俺達が子供を殺せば満足なのか!?…おい、聞いてるのか!?」
押し留めようとする産婆を振り切り、屏風の向こうの暗がりに向かって叫ぶ。
「だ、旦那さん、今は…」
「やっていい冗談と悪い冗談があるだろ!?人の命を何だと思ってるんだ!!」
「臨月の嫁を三日放置した旦那さんがそれ云ってどこに説得力が」
「場をおさめたいのか混ぜっ返したいのかどっちなんだあんたは!!」
「不毛な議論を繰り返しているのかね、旧世代の諸君!!」
よく通るがうすっぺらい声が、過疎の村外れに響き渡った。「全共闘」と大きく書かれたヘルメットを被ったマスクの青年が、ちょっとだけ小高い裏の山の天辺から俺達を睥睨していた。
「…おいお前」
完全に、数年前に進学のために上京したお向かいのキヨシである。純朴な坊主頭の少年だったキヨシは、どうやら都会の変な流行にハマるのも早かったらしい。テレビで観る限り、学生運動は苛烈さを増している。よりによってこの時期に、地元に帰ってきているということは答えは一つ。彼はファッション左翼である。
「小遣いの催促にでも来たんかえ?」
産婆は吐き捨てるように云った。彼らのような旧弊な老人にとっては、キヨシのように上京していった若者は『村を捨てた裏切者』なのだ。…それはそれで随分と乱暴な話なんだが。
キヨシは薄汚れた電動メガホンを口元にあて、徐にスイッチを入れた。そして大きく息を吸った。
「我々はぁ!!零細なコミュニティで旧態依然とした生活から抜け出せない貴様ら旧人類に啓蒙する!!」
物凄いハウリング音と共に、割れまくってボロボロの声が鼓膜をつんざく。
「やめろ、痛い!耳が痛い!!てかこの距離と人数にメガホン要る!?」
「古い因習に囚われた、不衛生な産婆を用いての出産!!」
俺の抗議を完全無視してキヨシは続ける。産婆が『はァ!?』とこめかみに血管浮かび上がらせて凄む。なにこの人怖い。
「そして暗黙の了解と化した、新生児殺害!!我々はこの現状に、激しく抗議するものである!!」
…何を云いだしたんだ?
「先ずは苦しむがいい…」
「…ん?」
「どっちが逆さか、分かるまい!!貴様ら旧人類が逆さなんだかどうだか分からない屏風に苦しむ様を、我々新人類は特等席から眺めてやろう!!」
「お前の仕業かあぁぁこの悪戯坊主があぁ!!!」
産婆が木綿の着物を端折りあげ、山の上のキヨシに飛びかかった。
余裕をかましてメガホンを構えていたキヨシの顔が強張る。
「捕まえたぞおぉ!!」
「ふえぇ!?」
情けない悲鳴を最後に、キヨシは自慢のメガホンを取り落とした。
…
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