第四章、その2の3:疑わしきそれ
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階下に広がる静まりは寝息を伴う一方で、自室に篭っていたアリッサはそのような息を吐く事は無かった。久方ぶりの実家の自室で、久方ぶりの感じがする寝巻き。だが生じて当然である筈の郷愁や温かみが、不思議と感じられなかった。窓から見える北方の暗い森林と高い峰を見詰めると、古傷のように心が動揺するのだ。
その訳を解そうとグラスに注いだ水を飲んでいると、とんとんと、静かに部屋の扉が叩かれた。
「・・・・・・ケイタク殿か。入っていいぞ」
扉が開かれ、予想通り、慧卓が入り込んて来た。驚いた面持ちで言う。
「よく、分かりましたね」
「気配ですぐ分かった。どこか落ち着いていない感じだったからな」
「そ、それはその・・・お酒を飲んだからですよ、多分」
「すまないが、今後酒は自重してくれ。貴方と酒の組み合わせは、どうにも嫌な思い出しか作ってこないからな」
「す、すいません・・・」
手で催促されて、慧卓は椅子にゆっくりと座る。その妙に張り詰めた表情を見て、アリッサは尋ねる。
「話したい事でもあったか?」
「まぁ、その、気掛かりな事といえばそうですけど」
「・・・晩餐の時の話か?」
「・・・隠し事は、出来ませんよね・・・ええ、その通りです」
「・・・叔父の話は本当だ。虚飾で固めたくなるような事でも無い」
細目でそっとアリッサを見遣る。微かな笑み、口角を曲げる程度の小さなものを浮かべて、銀皿の上にグラスを置きながらアリッサは言う。
「幻滅したか?私は昔は御転婆を通り越して、暴走気味の少女だったんだ。危ない方向に進むのを好む、駄目な女。場所が場所なら牢獄に入っていた」
「でも格好良いですよ、アリッサさん。昔から剣が使えるなんて」
「ああ、型は一通り出来た。だが人を切った事など一度も無かった、騎士になるまではな。・・・叶うならば、人を切るような真似はしたくなかったのだが。・・・冗談だ、忘れろ」
らしからぬ発言に慧卓はそっと目を開き、不安げに窓辺の月光を見遣ると、足を組んだ。アリッサは寝台に仰向けとなって、頭の後ろに手を回した。
「私の人生は昔から決まっている。父上の教えが私の頭の中に何時も残っているんだ。騎士の生涯は剣に始まって、剣に終わる。騎士となった以上はそうでありたい」
「・・・それは、貴女の父君もそうだったから?」
「まぁ、な。昔はそうだったらしい。当時の事はほとんど聞かせてくれなかったが、それでも剣の腕は凄まじかった。ああいうのを、剣聖と呼ぶのだろうな」
「・・・水、飲んでもいいですか?」
「ああ。水差しはそこだ」
窓辺をぶっきらぼうに指差すアリッサ。慧卓はそこまで歩いていき、グラスに水を徐に注いでいく。銀の表面に透明の湖面が浮かび、それが半ばまで達すると注ぎを止めて一
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