第96話『予選A』
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恐らく、彼女にとっては何気ない一言だったのかもしれない。しかし、おかげで落ち着くことができた。
『皆さん、準備はよろしいですか? そろそろ開始しますよ?』
ジョーカーが言った。いよいよ始まる……!
『では、精一杯頑張ってください! よーい──ドン!』
ピストル……ではなく、何かの魔術で音が鳴らされ、選手が一斉にスタートする。
後ろの方とはいえ、周りに押し潰されそうになるのを何とか堪え、晴登は"風の加護"を足に纏わせた。ひとまず、この集団を脱する必要がある。
『おっと! 覇軍代表"黒龍"、スタート早々、翼を生やして一気に前に出た〜!』
そんなアナウンスが聴こえた。やはりと言うべきか、影丸が"黒龍"だったようだ。
さすがはレベル5の魔術師、1位は彼で決まりだろう。
「でも、翼生やすのとかずるくね?」
ルール上は決してずるくはないのだが、晴登はついそう零す。といっても、周りも意外とそんな感じだ。肉体を強化してる者、飛行する者、そして風を操る者……見てわかる限りでは、そんな魔術師ばっかりだ。
それにしても、こんなに風使いがいるなら、師匠探しは苦労しなそうだな……って、そんなこと考えてる場合じゃないか。
「いつの間にか、猿飛さんがいなくなってる……」
マラソンはペースが大切だから、1人で走るのは心許ないというもの。
ということで、せっかくなら風香について行こうと思っていたのだが、考えている間に見失ってしまった。これは失策。
「……いや、他人に頼りすぎるのは良くないな。予選は俺1人の力で突破しなきゃいけないんだから」
晴登はそう意気込み、気を引き締めようと頬を叩く。
周りの選手が徐々にバラけ始め、そろそろ自分の走りができそうだ。
「俺だって、やればできるんだ!」
中学生とはいえ、魔術の練度は並の大人よりはあるはず。この場でそれを証明してやりたい。
そんな密かな野望を抱く晴登は、少し気になって後ろを振り返ってみた。開始前はざっと20人くらいは後ろにいたと思うのだが──
「えっ……」
しかし、その光景を見て晴登は絶句した。
それもそのはず、なんと彼の背後には誰1人としていなかったのである。
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