第四章
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両者はそれぞれ越後と甲斐に戻った。その夜にだ。
共にまた縁側に出る。そうしてだった。
謙信は今も夜空にある月、濃紫の空を輝かせる白いものを見上げながらそのうえで己の傍に控える小姓達に言うのだった。
「やはり美味いのう」
「酒がですか」
「今宵もですな」
「美味い。しかも今は一人ではない」
縁側から庭に出る。そうして飲みながらの言葉だった。
「二人で飲む酒はまた別格」
「二人といいますと」
「それは一体」
「共に月を見ておる者じゃ」
その者と今共に酒を飲んでいるというのだ。
「あの月をな」
「それは一体誰でしょうか」
「何処にいますか?」
「遠い場所じゃ」
少なくとも越後ではない、この国にはというのだ。
「そこにおるのわ」
「そしてその者とですか」
「飲まれていますか」
「だからこそ美味い」
好きな酒を何時にも増して楽しんでいる言葉だった。
「さて。では今宵は存分に楽しもうぞ」
「あの、それでもです」
「過ぎるのは」
「今宵はそれはなしにしてもらおう」
控えることもしないというのだった。今飲んでいる酒を。
「特別じゃからな」
「だからですか」
「今宵は」
「うむ。心ゆくまで語り合い飲み合わせてもらう」
こう言って夜空の月を見上げながら酒を飲む謙信だった。その酒は普段飲むその酒よりも遥かに美味いものだった。
その酒を信玄も飲んでいる。そのうえで言うのだった。
「今宵はとことんまで飲むぞ」
「そうされますか」
「今宵は」
「うむ、飲む」
まさにそうするというのだ。
「二人でな」
「?どなたでしょうか」
「その相手は」
「共に見ているものじゃ」
信玄も庭に出ていた。そのうえで杯にある酒を立って飲んでいる。そうしながら月を見上げて言うのである。
「あの月をな」
「月をですか」
「その方とですか」
「うむ、飲む」
今宵はそうするというのだ。
「このままな。心ゆくまでな」
「殿がそう仰るとは」
「普段とは違いますな」
「そうじゃな。相手が違うからな」
共に飲む相手は普通の相手ではないというのだ。
「あれだけの者はそうはおらんわ」
「ではその御仁と今は」
「楽しまれますか」
「ここまで美味い酒はない」
信玄もまたこう言った。
「美味い酒は何処までも楽しむものじゃ」
「ではこのまま」
「飲まれますか」
「そうする。よい月をよき者と飲む」
月にその相手を見ながらの言葉だった。
「今宵はな」
二人はここで奇しくも同時にこう言った。
「では。これからも楽しく飲もうぞ」
いる場所は離れておりそして思うことも違っていた。だが二人はお互いを見てこう言うのだった。互いに目指すものは違っている、しかし二人の心は完全にわ
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